一話完結。どこからでも。
ダークサイドへようこそ
夢見が悪くてほとんど眠れない中出勤です。朝日が目に刺さる。
前世はきっと太陽の光に当たったら死ぬ生物だったに違いない、私。
深夜謎の咳を繰り返した挙句、五・六回目の『ゲホン!』でわき腹が攣ってね。フグッ! って出したことのない声が出たよね。我ながら前衛的な姿勢でベッドの上をのたうった。そこにロダンが居たらまず間違いなく彫刻にしてたくらいの、のけぞり具合。
確か階下に、塗るタイプの薬があったはず! って脳裏にひらめいてさ、まるで激しい銃撃戦の末そこを撃たれたヒーローのように、ジェームズボンドも涙するくらいの、まるでダースモールと戦ったばかりのクワイガンみたいなヒーロー顔でわき腹おさえて、階段をおりたの。
んで、落ちたの。階段。
すごかった。近年稀に見る踏み外しっぷり。深夜2時を回って3時目前、23歳未婚女子が階段を落ちる凄まじい音の哀しさといったらもう。
ズダダダダダン! て。
段数分、丁寧に音でお送りしました。
背中打ち付けて息が詰まった。ゼヒューッ、て情けない呼吸音をたてて階段下に伸びてる娘を深夜発見する母の気持ち、推してはかるべし。
「…………何やってんの?」
ヒュー……ッ……(死にかけの呼吸音)
「プッ」て笑って寝室へ戻る母。ま、待って……おかーさん、いたわって……少しくらいいたわって……! うっわホントに行きやがった! 朝になったら覚えてろ!
しばらくゼヒュゼヒュ言いつつ息を戻し、今しがた落ちた階段を這うように上った。もう塗り薬なんかどーでもよかった。世界中から見放された気分だった。今夜、ヤバい。って本能で感じた。ベイダー卿来てる。黒服の人が来ている。下手すりゃ殺される。いつのまにかデススター。何もかもがうまくいく気がしない。
だって、普通、ないですよ。
攣ります? 脇腹。
落ちます? 階段。
ダブルで来ます? これ。
来ねーよ。
明らかに、何者かの意図を、感じる。
フォースを感じる。感じてしまう。
んで、命からがら部屋へ戻ってきて、ベッドに倒れこんだ瞬間、そのわずかな揺れによって本棚の上に乗っけてたでけぇハードカバーの画集が頭の上へ突撃かましてくるという、奇跡。目の前に星が散った。なんという銀河系! 満点の、星空! 泣きっ面に! ミルキーウェイ!
ここまでいくともう面白くなってきちゃって。
ベッドに倒れこんで頭の上に画集乗っけたまま、ヒッヒッヒッて爆笑した。
ヒッヒッヒッヒャッヒャッ。
ひとしきり笑ってから、ゾンビみたいにゆらぁ〜っと立ち上がるとね。
部屋の入口で立ちすくんだ父親が、呪いのビデオでも見たような顔でこっち凝視してた。目があった瞬間、数歩後ずさるくらい怯えてた。
「あ、あ、あのっ、だ、だだ、だだ、だ、大丈……夫?」
その顔見たらまた笑いの発作がむらむらと胸を押し上げてきてね、でも今深夜だからでかい声出せなくてさ、ものっっすごく押し殺した声で、クツクツクツクツ……って笑った。
はい、ただのホラーです。
一言も声を発さず後も振り返らないで逃げる肉親を見送る娘の気持ち……分かる?
笑いすぎてか悲しみでかもはや原因の分からない涙を滲ませながら止まらないクツクツ笑いをひたすらクツクツクツクツやってたら、また思い出したようにわき腹が攣りまして、七転八倒して、トドメのように悪夢にうなされて、朝です。
昨晩で今年の悪い運全部使い切った気がするから、当面は人類史上最高の私をお送りできるって固く信じてる、日曜出勤の、朝。
ちなみに、今朝、父親とは一度も目が合ってない。
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