異世界は、一駅向こうに。
ハム
異世界は、一駅向こうに。
現実こそ最大の異世界なりと。
平凡であれ、と、もしそんなことを私が願われているのだとしたら、その人は、私が憎いのだろうか、羨ましいのだろうか。
醜くもなく美しくもなく、
金持ちでもなく貧乏でもなく、
得るものも失うものもあり、
先に何が起こるか分からず、
泣きたい時に話を聞いてくれる女の子がいて、
気まぐれにメッセージを送ると構ってもらえる友達もいて、
忘れたい思い出とか、
戦火のない、豊かな国で生まれて育ち、
そんな今にどうも満足できない、
平凡であるということは、平凡な哀しみと喜びを味わっていくということなのだ。
と、高校生の時までは思っていた。
平凡に生きてみると(大事件のように思えた『就職が決まらない』という悩みさえ、今思えばとても平凡だ)、なかなかどうして、「平凡」というものは思いっきりこっちの心臓をえぐるにがにがしさや、ちょっとずつ日々小出しにされる楽しさがあり、
それでもやっぱり、どこかで映画みたいなこと、児童小説のファンタジーを待つ女の子になってしまっていて。
……まあね。
大変だと思うよ。彼らも。
さらわれたり助けたり、襲われたり仲間が死んだり、新しい技の新規拾得やあるかどうかわからない(大抵はある)宝を見つけに出たり、険しい道のりを踏破しなきゃいけなかったり……わたし、ビルボにはなりたくないって、思うもん。
こっちゃ、起きる時間が10分遅れただけでそれとおんなじくらいのスリルを味わえるもんね。
そういう意味では、うん、こっちも全然、厳しい世界だと―――平凡だなんて腐ってられない世界だと―――思うけれど。
デモデモダッテ。
ここではないどこかの自分に、なってみたいんだもん。
わたしにふくろう便がこないのはなぜなのかしら? クレプスリーとはいつ出会える? 怪盗クイーンが私の町に現れるのはいつ? ルパンと恋したり、ホームズの助手になったり、そういうことが起こりえない世界で毎日、わたしは本に囲まれてそこを夢見る生活をしている。
頭の中でアスランと歩きながら、毎日のお昼に120円のフリーズドライの長ネギのお味噌汁と100円のおにぎりを買うのね。
はがゆいわあ。
なにをすれば、わたしは今の私じゃない何かに羽化できるのだろうか。
決まっている、書くこと。そして読むこと。
それしか私を救うすべはない。
紙の上だと平凡である事さえ武器にできる。
平凡なことを知っている、というのは、よりたくさんの人に共感してもらえる、ということなのだ。
文章を綴りながら夢の世界に酔い痴れて、そこから浮上した次の朝に、
いつもの職場近くのコンビニのレジでナスのおみそしるを差し出したら、
「今日は長ネギじゃないんですね」
なんて言われる小さい世界で、とりあえずまた一週間は生きていこうと思う。
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