第9話 狼蠱
幼い成吉は泣いていた。
暗い山の中たった一人で泣いていた。
捨てられたのか迷ったのか、あるいは両親は死んでしまったのか。
その成吉をオオカミの一団がいつのまにか取り囲んでいたっての。。
そのうちの一頭が成吉に歩み寄り顔をひと舐めして横たわった。仔オオカミがたちまち群がり乳を吸いはじめた。
成吉はためらうことなく母オオカミの乳首にむしゃぶりついた。
気がつくと成吉は土に埋められていた。
首だけを地面から生えさせ土の圧力にろくに呼吸もできない。
まったく身じろきもできないことに恐怖があふれ絶叫させた。
ただ獣のように叫んだ。
そこへ母オオカミが現れて成吉に駆け寄る。
いつものように顔をひと舐めすると一心不乱に前肢で土を掻きはじめた。
そこへ箭が放たれた。箭は母オオカミをかすめる。
しかし土を掘ることをやようとはしなかった。
二の箭は狙いたがわず胴に命中した。
悲鳴を上げるが逃げようとはしない。
成吉を守るように立ちはだかる。
(母さん逃げて!)
成吉は唸った。
箭は容赦なく射掛けられ母オオカミが身をかわせば成吉を貫いただろう。
母オオカミはすべて自分の身体で受け止め、そしてゆっくり崩れ落ちた。
「っかあ!」
成吉は久しく忘れていた人の言葉を口にした。
下生えを踏みしだき弓をたずさえた検非違使が村人を従えて近寄ってきた。
「獣ながらなんと見上げた最期か」
若き日の平知成だった。
成吉を見て歩みが止まった。
囮にされていた成吉は首をのばして母オオカミの血を自分の口で受け止めていた。
村人が成吉を打ち殺そうとするのを制止して怒った。
「
~~~~~
「成吉、カラの手当てを頼めぬか?だれも寄せつけないのだ」
エスガイがゲルの外から声をかけた。
「すぐに行きましょう」
昔の夢を見ていた成吉は涙で濡れた顔を拭った。
子供に恵まれなかった平知成はあれから成吉を引き取り我が子のように育ててくれた。
母オオカミのことを思うと胸が疼くが、今なら家畜をオオカミに襲われた村人の気持ちも理解できるし、泣きつかれて猟師の真似事をした知成の誠実さもわかる。
どのみちいつまでもオオカミと一緒に暮らせるわけもなく、人は人として生きるしかないのだ。
それが道理とというものだった。
カラに傷薬を塗る成吉。
成吉もその頭と前腕に布を巻いて手当てをしてある。
「なんて頑丈そうなな馬だ」
ほれぼれとした目つきだ。
川べりの草地で
「このままでは魔王の軍勢に、みんな滅ぼされてしまいます」
成吉は、身振りも大きく、熱く説いた。
「ヤマン族の首長、安徳さまはいまこそ団結のときとお考えです」
「敵が邪悪なヤマン人であるなら、先頭に立って戦うともおおせです」
エスガイが援護する。
「だれか来る」
ジャムカが地平線の果てを見つめて告げた。
(まったく目のきく連中だ)
成吉は感心した。
「あれはヤマン族の兵だ」
「成吉ー!義経が、義経が攻めてたーっ!」
絶叫する馬上の埃まみれの兵士。
「義経だと!?」
駆け寄る成吉。
「魔王は源義経だった!」
落馬する兵士を受け止める成吉。
「こうしてはいられない!」
「一人でどうする気だ、成吉」
ワンカンが鞍を持ち出した成吉を止める。
「はなせ!安徳さまが危ない!」
「大集会の結論が出るまで待て!」
「それにその馬は疲れきっている。城までもたんぞ!」
ジャムカも成吉を押しとどめる。
「カラに乗るがいい」
「エスガイ……しかしあれは息子さんの愛馬」
「カラはもう行く気だ」
カラが鞍を乗せろと言わんばかりに、馬体をすり寄せてきた。
「こうなったら我らも」
ワンカンとジャムカがうなずきあう。
「その慌てよう義経とやらはヤマン族にも恐れられているようじゃが」
エスガイが尋ねる。
族長たちが集まってきた。
「戦の天才です」
成吉は鞍をつけながら答えた。
「しかもオヤジによれば従者の弁慶は不死身の鬼神、カラス天狗は怪しい術を使い、義経自身も金星の精『魔王胎』によっておそらく
「なにか弱みはないのか」
「義経が牛若丸と呼ばれていたころからの師匠にはまるでかなわず、その師匠鬼一法眼が兄頼朝と争うことを禁じていた聞きおよんでいます」
「無敵というわけではないか。わかった、わしは義経たちの残虐非道をうったえて族長たちの協力をあおぐ」
「よろしくお願いいたします」
成吉はカラに跨がった。
「死ぬでないぞ」
エスガイが送り出しジャムカ、ワンカンとその手勢があとにつづいた。
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