第6話 魔王と鬼神

大聚落を包囲攻撃する騎馬軍団。白い旒旗をたなびかせている。


 弓箭が飛び交い、鉤槍、鉄棒、やや反った太刀で戦闘が繰り広げられる。


 装備は鉄条入りの革製や、鉄の鎧兜だ。


乱戦のなかに巨人が一人、鬼神の暴れようだ。そのすぐ後ろを散歩でもしているかのような、涼しげな騎馬武者いた。

「歯ごたえのない奴らめ」

義経、弁慶の主従であった。胸に笹竜胆の紋が目立つ鎧に、身を包んでいる。デザイン的にはモンゴルと日本の折衷だ。

「義経さま、こやつらは烏合の衆です」

七つ道具を振り回して敵を葬る弁慶。体は例によって針鼠のようだ。

「一人ひとりは強くとも、統率に欠けております」

「弁慶、いくら不死とはいえ、無用の手傷をおいすぎだ」

「わしを殺せるのは義経さまだけ。気も大きくなりまする」

 頭巾を脱ぐ弁慶。その額に二本のみじかい角が生えていた。


「死ね!異国の魔王めーっ!」

黒い騎馬武者が義経に突っ込んできた。

 黒馬も黒い鎧の男も巨躯である。

「勇ましいことよ」

義経の姿が幻のように馬上から消失した。

「なにっ!?」

「どこをさがしている」

義経は男の背後、馬上に立っていた。

黒馬は主の危難を察知した。

 いななき、尻を跳ねあげるが手綱をとるテムジンは空中の義経に切られていた。


ひらりと舞い降りる義経に、後ろ脚の巨大な蹄が襲いかかる。

「ちっ!」

ぎりぎりでかわす義経。わずかに兜を破壊したにとどまる。

「馬まで勇敢なところだな、ここは」

 走り去る騎馬を見送る義経だった。

「軍資金もたっぷりありますれば、兵力をたくわえ、頼朝に復讐する日も、そう遠くはありませぬな」

血で喉を潤す弁慶。

「そう急くな、弁慶。わたしはこの地を制覇し、恐怖の一大帝国を築く!兄への復讐はそれからだ!」


義経は再び馬上の人となった。

「女子供とて容赦せず、皆殺しにしろ!大地を血に染めるのだ!」

 殺戮に酔う、魔王と鬼神の主従だった。


~~~~~


「なんだあれは?」

安徳の城邑。緊迫した物見の声がひびく。


丘陵からあらわれる難民の群れ。


傷ついた騎馬と家族、羊、犬、牛が疲労を滲ませ、こちらに向かっている。



ゲルの中。中央に火が焚かれている。一番奥に安徳が座している。

「魔王にひきいられた鬼神の軍勢?」

傷ついた族長エスガイの言葉に問い返す。

「白い旗をなびかせて、東より突然あらわれた騎馬武者どもは、略奪と殺戮のかぎりをつくしております」

「白旗といえば源氏の旗印」

「まさか」

成吉の言葉に時子がおぞけをふるった。


「族長エスガイとやら、ほかに気づいたことはないのか」

「このような印がやつらの鎧に」

安徳にうながされ 灰に火かき棒で笹竜胆を描いた。

「こっ、これは笹竜胆!源氏の紋所ではないかっ!」

顔面に斜めの刀傷。成吉の父が驚く。

「おお……なんということでしょう」

時子はこの世の終わりのようなおののきようだ。


「いずれここ、ヤマン族のところにも、押し寄せてきましょう」

「さて、どうしたものか……」

腕組みして重々しく口を開いた。

「あやしげな魔王とか、不死身の鬼神というのが気になりますな」

「知成よ、しらべてくれるか」

「心得ました」

「オヤジ、おれもいっしょに……」


「成吉はだめだ」

膝を立てた成吉を安徳は制した。

「そんな安徳さま……」

「成吉には別の役目がある」

 安徳は情けない顔をした成吉を慰めた。


 ゲルに刺さっている一本の針。針には糸が結ばれ闇のむこうに伸びていた。

 糸の端は輪に張られた薄紙だ。糸電話の原理である。聞き耳をたてているのは、尖った

くちばしを持つ異形の人影、カラス天狗だ。


「安徳さまだと……」

 カラス天狗が目をむいた。

「これは義経さまに知らせねば」

 闇夜に飛翔するカラス天狗。

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