第5話 オオカミ
石塀に囲まれた城邑がそびえる。その周囲には移動式住居、ゲルが点在している。
馬からひらりと飛び下りる安徳。
「やれやれ、安徳さまはすっかり大陸の風に染まってしまわれて……」
ため息をつく二位の尼時子。これはあまり変わっていない。皺がふえたぐらいだ。
「時子さまのせいではござらぬ」
上半身をはだけた成吉だ。たくましい筋肉は汗びっしょりだ。
「この大草原で馬に乗れば、だれでも世界の果てまで駆けだしたくなります」
「成吉!」
屈強な大男を何人もしたがえた安徳が呼ぶ。
挑戦的な態度だ。
「おまえと相撲をとりたいそうだ!」
「おれと……ですか?」
「成吉に勝てば、褒美をとらすとふれたところ、これだけ集まってきた」
「なんとまあ、呆れたことを……」
「いくらでも相手になりましょう」
時子の小言を封じるように、さっそく四股を踏みはじめる成吉。
太い筋肉の束がうねり、浅黒い肌の若者、ジャムカが大地に叩きつけられる。髭を生やした巨体の男、ワンカンが宙に舞う。
「すごいぞ成吉!ジャムカやワンカンがまるでかなわない!」
手を叩き、成吉をたたえる。
「尼よ、この草原の民は勇猛果敢だが、部族どうしはバラバラだ」
腰掛けて、スーテー茶をすする時子のかたわらに、安徳は立った。
「それをまとめる核さえあればペルシア、
宋に匹敵する国づくりも夢ではない」
「その夢の核が成吉かえ」
「成吉ならば草薙の剣を……」
「それはなりませぬ!」
時子は声を荒らげた。
「神代より伝わる草薙の剣を所有するには、資格がひつようですぞ」
「それを言えば、わたしにも資格などありはしない」
「しっ、声が大きゅうございます」
「成吉こんどは二人をいちどきに相手してみるか」
「二人でも三人でもどうぞ」
成吉は厚い胸をつきだした。
ジャムカとワンカンがうなずきあい、それぞれが上半身と下半身を攻めた。
「ううーむ!」
さすがに動けなくなる成吉。
が、成吉の中で野獣がはじけた。
ジャムカとワンカンの表情が驚愕に変わり吹っ飛ばされる。
「あっぱれじゃ!」
飛び上がって喜ぶ安徳だった。
一方ジャムカとワンカンは顔を見合せる。
「いま獣の臭いがした」
「ああオオカミの臭いだった」
「成吉は体の中にオオカミを飼っているぞ」
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