第4話 大草原


『モンゴル高原』


原野を疾駆する騎馬が二騎。並走しているのではなく、一方が追っていた。

「おそいぞ成吉!」

先頭をいくは成長した安徳天皇、十四才のりりしい姿だった。七分ほどの裾の支那服に長靴をはいている。さらに羽織に似た暖かいモンゴルの上着に、貝帯をしめている。


「安徳さま、おまちください!馬がおれの重みでつぶれそうだ」

二十才となった成吉の体躯は、筋肉がついて桁外れに巨大だった。


安徳天皇は成吉らにまもられ、平清盛が力をそそいだ、日宋貿易の航路にもぐりこみ、大陸へと逃れていた。


 成吉は大木の幹に背中をあずけ、大草原を見渡した。

   

勅勒チュルクの川

   陰山の下

   天は穹盧に似て、四野を籠蓋す

   天は蒼蒼

   野は茫茫

   風吹き、草低く、牛羊見ゆ」

 古詩を口ずさむ成吉だった。


池のほとり。

 灌木の枝に安徳の衣が掛けられた。

「成吉よ」

「はい」

 茂みのむこうから声がかかった。

「いくつになった?」

「二十才です」


「まだ嫁はもらわぬのか?」

 全裸になった安徳。その肢体は男子ではなく、思春期の少女のものだった。


「女はおれを怖がって近寄りません」


「朕は頼もしくおもっておるぞ」

 気持ち良さそうに沐浴する安徳。


「安徳さまは男子です」

 ぶっきらぼうに答える成吉。


「朕が女子ならよかったのにな」

 小悪魔のようにからかう安徳。


「お、おたわむれもほどほどになさりませ!」


「怒ったのか、成吉?」

 少しばかり後悔している安徳。


「いえ……」


 ほっとして肩まで沈む安徳。


(安徳さまが本当に女だったら……天のかなたまで、さらって逃げるか、成吉?)


(女であることをあかしたら……朕のことを好いてくれるだろうか?)


 茂みをはさんで苦悩する二人の男女だった。

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