第1話 壇之浦

文治元年(1185年)壇の浦


海戦は終盤にさしかかっていた。


舟から舟へ、八艘飛びの源義経。


「義経さま!」

飛び込んできた義経に驚かされる兵。


「漕ぎ手を射殺せと命じたはずだ!」

美男だが冷酷な眼差しをした男だった。

「はやく船足をとめろ!」


「そんな……あれは武士ではなく地元の漁師です。それにあの船には安徳天……!」

「嫌か?」

 太刀を抜きはなち喉元に突きつける。

「それとも今剣いまつるぎに食われたいと申すか」

 義経の愛刀今剣からは妖気が立ちのぼっていた。


「か、かしこまりました。漕ぎ手を射よ!」

 が放たれ、平氏の船の漕ぎ手たちは悲鳴をあげて海に落ちた。


「おのれ義経!合戦の作法をわきまえぬ、

なんという卑怯者!」

 罵る武士は平知成だ。


(安徳天皇と三種の神器、とくに草薙の剣さえ手にはいれば、天下は我がもの)

義経には天下取りの野望があった。


「なんとっ!」

義経は呻いた。次々に入水する女官や尼たちの姿が目にはいったのだ。

そして一人の尼が何やら胸にかき抱き、み

ずら髪に紅袴の童子をかかえこむようにして、

海に飛び込んだ。



生き残った母の建礼門院徳子の証言によれば、わずか六才の安徳天皇は、祖母の二位の尼時子とともに、壇の浦に入水したという。

ともに沈んだとされる三種の神器のうち

八咫鏡やたのかがみ」と「八坂瓊勾玉やさかにのまがたま」はひきあげられたが、神剣「草薙の剣」はついに発見されることはなかった。


 さらに安徳天皇と二位の尼時子も生死が知れないままであった。


こののち安徳天皇が平家の残党とともに、西国へ逃げのびたという風説は、将軍となった源頼朝をおおいに悩ませ、たびたび残党狩りがおこなわれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る