第十八話
「…どういうことだ?」
蓮は手元のパチンコ銃を膝に置き、顔を伏せて銃を見つめながら答えた。
「あの時…知事と今回の計画について話していたとき、確かに私は、誰かの気配を感じました。その時は気のせいかと無視したのですが…この特居に到着してからやはり気になりまして、事務報告がてら知事にそのことを伝えたのです。そしたら彼女はこう言いました。その件についてはすでに解決済みだから、あなたはあなたの仕事に集中しなさい、と」
「それって、まさか…」
コウスケの声が裏返る。
「そうです、彼女は知ったんです、二人があの計画を聞いていたことを。そしてコウスケさんの話と、この塔に電力が通っているという事実を総合すると…」
蓮は顔を上げ、コウスケの目を見た。
「妹がここにいること…そしておそらく、鳴海ちゃんが一緒にいることも…彼女に伝わっていると考えていいでしょう。そしてこれから彼女が何をするのか…わかりますね?」
コウスケは固唾を飲んだ。瀬野順子の無残な姿を思い出しているのだろう。
「あなたや私に殺されたことにすればいいだけのことですからね。ためらいはないことでしょう」
コウスケの顔の半分はひきつったまま、もう半分の表情が緩んだ。
「で、でもさすがに…」
「やりますよ、あの人なら」
間髪入れずに蓮は断言した。コウスケの顔はまた強張る。
「実の娘だろ…?その親友だろ…?」
「関係ありませんよ、あの人にとっては」
蓮はベッドで幸せな寝息を立てる妙と鳴海の二人を見た。コウスケもそれに続く。
「むしろ、民衆の同情を誘う餌として娘の犠牲を利用することすらあり得ますね」
「そいつ、母親なのか…本当に?」
「母親なんてものは存在しませんよ。あるのは二人の親です」
「でも親だろうが!?」
コウスケの興奮した声が轟く。肩が震えているのが分かる。
「あなたの親はどうなんですか」
蓮の一言でコウスケが我に返る。
「もしかしてですが…コウスケさんは外の世界を天国か何かだと勘違いしていませんか」
「なっ…」
コウスケは言葉に詰まった。やはりそうだ。彼もまた『本当の世界』の信者だ。
蓮は寝息を立てる鳴海の傍に詰め寄り、その右腕をまくってみせた。
「何をしてるんだ…?」
「よく見てください。ここに真新しい傷跡があるでしょう?」
コウスケが覗き込む。
「…それが何だ?」
「この傷は、彼女が級友から受けたものです。カッターナイフでくっぱりと」
鳴海の右腕をもとに戻す。コウスケは何も言わない。
「外もここと同じですよ。欲望、嫉妬、憎悪。それが当たり前の世界です。同じ人間ですから、当然ですよね。」
コウスケからの反論は無い。
「私も昔はあなたと同じふうに思っていましたけどね」
そうだ、外も中も関係ない。ただ妙と二人でいられれば、妙が笑顔でいてくれれば、それ以上の幸せは無かった。そしてこれからも。
「…しかしそうすると、どうすれば二人は助かるんだ?人質のふりをさせるのも効果がないわけだろ?」
コウスケは妙と鳴海の置かれている危機をようやく理解したようだ。
「そうですね。でもそれは、あくまで私たちと知事しか交渉の場にいない場合です」
「…というと?」
「…使うんですよ、この塔の持っていた本来の機能をね」
蓮はそう言うとやおら立ち上がった。
「そしてもうひとつ、我々には切り札があります」
* * *
コウスケは案内されたのは、広大な地下迷宮の中に厳重に隠されたなんとも不気味な一室であった。見慣れぬ機械や計器や、人が一人すっぽりと入ってしまえるような大きなガラスケースなどが整然と並ぶその研究室は、特居の居住区域や商業区域で見られるようなほの暗く薄汚れた不気味さとは異なり、無機質で機械的で、コウスケにはとてもなじみの薄い不気味さに包まれていた。そこにたどり着くまでには例の大広間などとは比べものにならないほど大量かつ複雑なセキュリティが施されており、その一つ一つが蓮の手によって開錠されるたび、コウスケは言い表しようのない興奮と不安に苛まれた。もし鳴海がこの場にいれば、自分の置かれた立場も忘れて子供のように目をらんらんと輝かせたに違いない。
「ここを作ったのは私たちではありません」
蓮の言葉でコウスケは我に返った。今は感心している場合ではない。
「中央政府が研究を極秘に行うために作ったんです。もっとも今は放置されていますがね」
「なんであんたがそこに入れるんだ?」
「…情報料は安くありませんでしたよ。でも、ここの住人は報酬の多い方につくとても素直な方々ばかりでしたから、そこまで苦労はしませんでした。…あ、これですね」
蓮はそう言って部屋の奥のガラスケースの前で立ち止まると、何やら複雑な手順でそのガラスケースを開け、中から鉄の帽子のようなものを二つ取り出した。
「それが見せたいものか?」
「ええ。これもさっき言った政府の研究の一つの成果でしてね…簡単に言うと、人の記憶を消す装置です」
「…何を言っているんだお前は」
考えるよりも先に口が出た。蓮の言葉にあまりにも現実味がなかったからだ。
「冗談ではありませんよ。もちろんすべての記憶ではなく、過去数ヶ月分くらいの記憶だけですがね…研究報告書によれば、昏睡状態にある人間ならば最低でも三ヶ月分の記憶は完全になくなるそうです。眠らせないと効果がありませんが」
「それを…二人に使うのか?」
「ええ。知事もこの装置のことを知っていますからね」
なるほど確かに奇抜な案だが、蓮のやろうとしていることはだいたい理解した。おそらく今のコウスケたちにできる最善の策はこれしかない。だがコウスケにはただ一つ、どうしても耐えられないことがあった。
「わかった。あんたのやろうとしていることにはおおむね協力するよ。だが少しだけ…少しだけでいい、俺のわがままを許してくれないか」
蓮の顔が曇る。しかし、これを譲るわけにはいかない。
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