第十六話

「また何かしたの!?」

コウスケが戻って来るや否や、鳴海が叫んだ。

「違う、今度は俺じゃない!…それにあの場所には誰も何も残っちゃいなかった」

「…ってことはまさか、あの爆発って…」

「…さっきの女が俺たちに気づいたのかもな」

 固唾をのむ鳴海とコウスケ。

「でも、その割に全然狙ってこないね」

「確かに変だな…様子を見に行こう」

 コウスケがまた一人で行こうとすると、鳴海が袖を引っ張った。

「待ってよ。集団で行動した方がいいでしょ?ね?」

 鳴海は必死だった。置いて行かれるのがそんなに怖いのだろうか。仕方がないので鳴海、妙とともに様子を見に行くことにした。


 凄惨な現場であった。崩壊し、煙を上げるヒューマノイドに、全身を黒こげにした人の形が寄りかかっている。ヒューマノイドはコウスケと妙が目撃したものと同一だと思われるが、この惨事は明らかにコウスケのパチンコ玉によるものではない。人工的な爆弾…それもだいぶ古典的なものだ。

 横で妙が目を覆いながら崩れた。鳴海はコウスケの背中から降り、妙の背中をさすりに行く。

 コウスケは焼死体へ近寄った。残念ながらその顔は確認できない。背中にはショルダーバッグが背負われている。中を開けると、出てきたのは呼吸器であった。

(いったい何のために…ここの空気が悪いのを警戒したのか?)

 コウスケは呼吸器を自分の荷物袋にしまった。

 次にカバンのサイドポケットをまさぐると、カードケースが現れた。裏に東京都庁の文字が見える。

(もしこの女が「計画」を知っていたから殺されたのだとしたら…)

 コウスケは自分が相手しようとしている者の恐ろしさを知った。

 他に情報は無いかとカードケースをまじまじと眺めていると、。

「名前、なんて書いてありますか」

 意外にもはやく立ち直っていた妙が聞いてきた。

 コウスケはカードケースから一枚のカードを取り出し、そこに記された名を読み上げた。

「瀬野順子、だな」

 妙は安堵の表情を浮かべた。姉でないと分かったからだろう。

「…塔の中に、急ぎましょう。例の場所の見当はついているんですよね?」

 妙の声は冷静であった。不気味さを感じたのはコウスケだけではないはずだ。


* * *


 塔の入り口の横には確かに、カードキーをかざすためのパネルが備え付けられていた。少し前までは無かったものだ。今回の計画のために設置されたのだろう。薬屋のおやじから渡されたカードキーをコウスケの荷物袋から取り出した鳴海がそれをかざすと、荘厳で重々しい扉はあっさりと開いた。

 

 塔の中は冷気と静寂に包まれていた。壁の鉄筋はむき出しになっており、かつてまっさらな白色を誇ったであろう壁紙も黒くくすんでいる。照明はついているがやはり薄暗い。

 迷路のように入り組んだ通路を奥へと突き進むと、明らかに最近設置されたばかりのものと分かる場違いな鉄格子が行く手を阻んだ。前にここに来たときはここから地下に降りたのだが…やはり住民たちが集められているのはここの地下に間違いない。


 鉄格子の横には例のごとくカードキー用のパネルがある。薬屋のおやじのカードで試してみるもうまくいかない。

「あ、そうだ」

 鳴海は荷物袋から瀬野のカードケースを取り出すと、そこから真っ黒なカードを取り出した。それをかざすと鉄格子がゆっくり重々しく開く。

(いよいよもって核心に来た感じだな…)


 もともとこの塔は、放射能汚染環境汚染等により地上での人類生存が困難になった場合に備えた地下都市設営計画に伴い、地下都市間の通信を目的として建設された。結局地下都市計画は地下に空間を作る途中で予算に問題が起こり事実上の中止となっていたが、特別居住区を設立するにあたってこの通信塔を管理塔として流用することになった。それが今の中央管理塔である。それゆえ地下には未開発の空間が広大に広がっており、さながら人工の地下洞窟と化している。


 こつん。こつん。進むたび、足音が響く。

「ね、ねえ、たーちゃん」

 鳴海の声が何重にも共鳴する。

「なに?」

「…蓮さん、無事だといいね」

「大丈夫だよ。私、信じてるもん。絶対に、絶対に生きてるって」

 もしそうでなかったら?彼女は、そして鳴海は精神を保っていられるだろうか?

「もうすぐで着くと思うが…」

 コウスケは背中の鳴海を降ろし、

「俺が先に行く」

「そんな!」

「お願いだ」

 情けない声を上げる鳴海を小声で諭す。

「妙と一緒にいてやれ」

 鳴海はその意図をくみ取ったのか、わかった、とだけつぶやいた。

「ちょっと待ってください!」

 妙の声が響き渡る。

「あたしも行きます!お姉ちゃんに会わせてください!」

 コウスケは首を振る。

「何でですか!」

「さっきのを見ただろう。あれが姉でも、お前はほんとに耐えられるのか」

「それぐらいの覚悟はできてま…」

「覚悟ってのはな」

 妙が言い終わらないうちに、コウスケの怒号が響いた。

「覚悟ってのは、それ相応の経験をしたことがあるやつだけができんだよ。お前らには出来ねえよ。外の世界で、何不自由なく平和に、健やかに過ごしてきたお前らに」

 鳴海が右腕のもとに左手を添えた。声を荒げたコウスケに対する無意識の防衛反応だろうか。

 妙もそんなコウスケに気圧されたのか、しばらく黙った後、

「…分かりました。ここで待っています。でもお姉ちゃんを見つけたら、すぐに戻ってきてください」

「もちろんだ。それともし俺が戻ってこなかったらすぐに逃げろ、いいな」

 コウスケは二人の返事を待たずその場を後にした。


* * *


 そこは、部屋というより、大きな穴だったはずだ。少なくとも前に来た時はそうであった。ところが今は入り口に鉄扉が聳え立ち、さながら封印の間の貫録を見せている。横を見てもパネルのようなものは見当たらない。

(ここから入るのは無理か…?)

 そう思い廊下の壁に寄りかかると、腰の当たる部分に少し違和感がある。もしやと思いその部分を親指で強く、これでもかというほど長く押し続けた。

 鈍い音が聞こえた。ただし音源は目の前の鉄扉ではない。コウスケは音のした方角へと急いだ。そこには人ひとりがちょうど入れるぐらいの暗い穴がぽっかりと空いていた。隠し通路だろう。

 しかしこんなあっさり見つかるものだろうか…?

(罠かもな)

 しかしこれ以外に道は見つからない。諦めて入るしかなさそうだ。


 そこは物置ほどの大きさの小部屋であった。照明はない。中に入ると扉はひとりでに閉じ、コウスケは暗闇に取り残された。手当たり次第に壁を探ると、何かのボタンに触れ、室内が光に包まれた。…と、同時に、何かが噴き出す音が聞こえた。コウスケはとっさに荷物袋から呼吸器を取り出し、装着した。


 明りのともった小部屋の一隅を見るとドアがしつらえてあった。これまでの自動扉とは異なり、古典的でコウスケにもなじみのある手動式のドアである。また何が起こるか分からないが、ここで何もしないわけにはいかない。ドアノブに手をかけ、回す。


 開かない。


 当然だ。ドアノブをよく見るとロック用のつまみが横一文字になっている。これで閂が差されている状態なのだろう。コウスケはつまみを縦にし、ふたたびドアノブを回した。


 開いた。


 開いたが、何かがつっかえてうまく開かない。なんだろう。コウスケはドアの隙間から障害の正体をみた。

(人間…?)

 誰かがドアに寄りかかっているようだ。

(寝てんのか…こいつ…!)

 コウスケは力一杯に扉を開いた。扉に寄りかかっていた者は前に倒れ、かつん、という音が大部屋に響いた。見ると、コウスケが今まさにつけているのと同じ呼吸器をはめていた。


 コウスケは大部屋の中に視線を移した。見覚えのある部屋だ。前に一度集会に利用した大広間に違いない。ひしめく人々の顔も見覚えのあるものばかりだ。サエの姿も見える。ただし、彼女たちの表情はコウスケの知るものとは決定的に異なっていた。床に寝転がるかつての住人たちの、不気味な笑顔、狂った笑顔。この世のものとは思いたくなかった。

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