⑥ 末路
第十五話
しばしの沈黙のあと、コウスケが口を開いた。
「そういえばいま思い出したが…あのヒューマノイド、なんだがよくわからんものを運んでたな…」
「大型の無線受電機ですね」
「えっ?」
コウスケより先に、鳴海が驚きの声を上げた。
「そんなの内戦時ならともかく、今時めったにお目にかかれるものじゃないよ?」
自分も見たかったのにずるい!とでも言いたそうな口ぶりである。
「なんなんだそれは」
「無線送電機から出された電波から電力を取り出す装置だよ。映画でしか見たことないけどまだ存在するんだね!?」
コウスケの質問に早口で答える鳴海。
「遠くから飛ばされた電気を受け取る機械ということか?」
「まあだいたいはそんな感じ」
なるほどここの特居の電力は不安定だ。塔の設備を利用するには心もとなかったのだろう。
「それが撤去されていたということは…おまえらの言う廃人計画はもうすでに終わっているのかもな」
コウスケがそういうと、二人は険しい顔のまままた何も言わなくなっていった。二人はおそらく少しは期待していたのだろう。自分たちの聞いたことが勘違いだと。
「あくまで状況証拠だ」
コウスケが励ましに言っても、二人の反応はなかった。
* * *
「静かだな」
しばらく歩いてからコウスケがつぶやいた。
「あ、ごめんね。黙り込んじゃって」
「いや、そうじゃなくてだな…ここ、妙が捕まっていたところだろ?」
鳴海は辺りを見渡し、あ、たしかに、とつぶやいた。
「俺があのヒューマノイドをぶっ壊したからてっきり応援要請されているものと思っていたが…人の気配がまるでない。もうすぐ塔に着くのにな」
「要請ができないんじゃないかな」
「どういうことだ?」
「ここにある電波塔はあの塔だけだから、電気がないと通信したくてもできないんだよ。ヒューマノイド無しで受電機を運ぶのは無理だろうし」
「…じゃあなんであの女の気配までしないんだ。正直ここをただで通れるとは思ってなかったぞ」
鳴海も妙もうなるだけで返事をしない。
「気になるな…あのヒューマノイドがいたところに戻ってみよう。あんたらはここで待っててくれ」
「あ、ちょっと!」
鳴海の静止の声を振りきり、ヒューマノイドのあった場所へと急ぐコウスケ。しかしそこには、女も、ヒューマノイドもいなかった。
「修理したのか…?」
その時である。突然の爆音が耳をつんざいた。爆風がそれに続いて迫りくる。幸いにしてその方角は鳴海たちがいる方向とは逆である。コウスケはいったん引き返すことにした。
(何がどうなってんだよ…!)
* * *
(なぜ細川のやつの妹がこんなことにいるんだよ)
塔の中の一室、通信室にて、瀬野順子は憤慨していた。いや、他人の空似かもしれない。実際よくある特徴のない顔だ。はっきりと見えたわけではない。しかし彼女が受けた報告では、ここの住人は全て隔離され、「実行」されたはずだ。なぜ住人に生き残りがいる?おまけに別の誰かにヒューマノイドもやられてしまった。確かにこのヒューマノイドは計画の後に隠滅する予定であるが、いまここで失くすわけにはいかない。
幸いだったのは、このヒューマノイドのセルフメンテナンス機能により比較的早く正常に動作するようになったことだろう。悔しいが前の持ち主の良改造のおかげである。
ヒューマノイド回復後、彼女はこれを使い塔の上層まで受電機を運び、電源へと接続した。塔全体に電力が行き渡るようになるまで受電するにはかなり時間がかかる。
(全く非効率な施設だな。さすが前時代の遺物だ)
いまこうしている間にも曲者が何をするのか分からない。無論、塔内に侵入するにはカードが必要なのでそちらの心配はないはずだが、早めに対処する必要があるのは間違いない。とりあえず都知事への報告が最優先だ。
(それにしてもこんな思わぬ形で夢が叶うとはね)
つい昨日、あの二人…牧野知事の娘と細川秘書の妹を用いた盗聴に失敗した彼女は、都庁から逃げるように去る二人の後をつけ、彼女たちの会話を盗み聞いた。
全容は分からぬが、やはりこんどの特居解体に関してなにか隠されていることがある。その直感は、かつてなく思いつめた顔で出かける細川秘書の姿を見たとき確信に変わった。彼女は前もって入手しておいた都知事のプライベート番号で直接コンタクトし、あなた方の秘密を知っています、まだ誰も知りませんがこの情報をどうするかは私次第ですね、とハッタリをかました。一世一代の賭けである。
その結果は意外なものだった
知事の執務室への入室を認められ、ペラペラと廃人計画について話されただけではない。細川の処分を頼まれたのである。細川の後任を任せるという褒賞付きで。
彼女はこれを快諾した。それこそまさに彼女の欲しかったものだからだ。
(あいつを疎ましく思っていたのは私だけじゃなかったのか…まさかここまで早く野望が叶う日が来ようとは!)
これまで微弱に点滅するだけだった通信室内の照明に確かな光が灯り、緑のランプが点灯した。通信可能の合図である。
早速、事前に伝えられていた都知事への秘匿コードを打ち込む。数秒後、都知事が通信に応じた。
「どうかしたの?」
「住人がまだ残っています。おそらく反乱分子です。一人には逃げられてしまって…ヒューマノイドも襲われました。申し訳ございません」
「人数は?」
「最低でも二人はいます。逃げられた方は女です。場所は中央塔の麓」
「わかったわ…応援を呼びましょう」
「ありがとうございます」
通信を切ろうとしたが…やはりあのことも言うべきであろう。
「あの…」
「ほかに何かあるのかしら」
「いえ…さきほど申し上げた逃げられた方の女なんですが、どうも細川女史の妹にそっくりなような気がするんです」
「そうなの?不思議なこともあるものね」
「…本当にただの空似ならいいんですが」
昨晩、廃人計画を知った所以が鳴海と妙であることを伝えたとき、都知事はいったん驚きのような、悲しみのような珍しい表情を見せた。ところがすぐにいつもの淡々とした顔に戻り『そうなの』とだけ答えた。彼女の中ではこの事実はそこまで重要なものではなかったようだ。だがしかし、もし彼女たちが特居に侵入していたとしたら?
「まあどちらにせよその反乱者たちをそのまま放ってはおけないわね。一応ヒューマノイドと一緒に外で見回りして、しばらくしたらまた連絡をちょうだい…そうね、六時半ぐらいでいいかしら」
「わかりました。では後ほど」
「さようなら」
彼女は通信を切り、ヒューマノイドとともに塔の外へと繰り出し、曲者の捜索にあたった。
腕時計が六時を過ぎたころ、ヒューマノイドから不審な音が聞こえた。
(おや、まだ完全に治ってなかったのか?)
彼女は音の発信源である操作パネル付近を覗き込んだ。
それが彼女の見た最期の光景であった。
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