第十四話
店の中に崩落音が轟いた。コウスケは窓から外を眺めた。この方角は壁の方であろう。
「お、ついに始まったか。派手にやるもんだねえ」
店のおやじの声は余裕そのものだ。
「…おやじはここから動かないつもりなのか?」
「そうだねえ」
そう言って呑気に煙草に火をつけている。
「ああそうかよ」
コウスケはおやじから目を背け、鳴海の知り合いだという少女の方を向いた。
「ところであんた」
「妙です。細川妙」
「そうか…妙はこの先、どうするつもりだ?鳴海を連れ戻しに来たんだろうが」
またしても崩落音が遠くから鳴り響く。
「…この分じゃもう手遅れだろう」
妙はしばらく黙ったあと、意を決したように立ち上がった。
「…私も塔へ行きます。どうしても確かめたいこともありますし」
二人の様子を固唾を飲むような面持ちで眺めていた鳴海も、つられるように立ち上がる。
「私も…私も知りたい。知らないといけないと思う」
例の廃人がどうこうという話は、この細川妙という女も知っていることなのか?しかし『知らないといけない』とは…?
「なんだあんたら、塔に行くのかい」
おやじが話に入ってくる。
「ああそうだよ。女連中に会って文句の一つでも言わねえと気が済まないからな」
コウスケはあえて自分たちの知る情報を隠匿した。
「それに奴らに頼めばなんとかして外に出れるかもしれないしな…何もせずにくたばるよりマシだ」
「そうかいそうかい」
おやじは動じない。このおやじには嘘が通じたためしがない。
「お、そうだそうだ。塔に行くならあれを持っていきなされ」
おやじはそう言って店の奥に引っ込むと、右手にカードのようなものを携えて戻ってきた。
「…それは?」
「おそらく、塔の中に入るための鍵だよ」
コウスケは怪訝な顔をした。
「前にここに来た客にうちの注射器欲しさにこのカードを手放した阿呆がいてな…まあ確かに他の者と一緒に行くなら必要ないだろうが」
「そうか。…まあ、受け取っておこう」
コウスケはそう言っておやじの手からカードキーを受け取り、
「そんじゃ行くぞ」
鳴海と妙に合図を送るような体で声を上げた。
コウスケは玄関へと向かった。扉を開け、おやじの方を振り返る。おやじはたばこをゆっくりと、深く味わうように堪能している。
「…なあ」
「どうした。行かんのか?」
「いや」
コウスケはおやじから目をそらし、扉の外へ向き直した。
「これまで、ありがとな」
「お互いさまじゃて」
コウスケそれ以上振り返らなかった。
* * *
商店区画を抜け、先を急ぐ一行。
「よかったんですか、あんなので」
妙の一言は、コウスケの心に鈍く響いた。間を持たせるため背中の鳴海の位置を直す。
「しょうがないだろ。どうしようと本人の勝手だ。それに…」
コウスケは鳴海を見た。
「どっちみち塔に行ってもどうしようもないんだろ?」
鳴海は複雑な顔をして頷いた。
「…なるちゃん、この人にどこまで言った?」
鳴海はコウスケに話したことをありのまま話した。やはり妙も都知事の廃人計画とやらを知っているようだ。鳴海が話終わったあとで、コウスケはこの二人に今更な質問を投げがけた。
「あんたら、なんでこんなことを知っているんだ」
「それは…」
鳴海が渋っていると、妙が代わりに答えた。
「都知事とその第一秘書の会話を盗み聞きしたからです」
「盗み聞き?どうやって?そんな簡単にできることじゃないだろ?」
「できるんですよ。私はその秘書の妹ですし、それに…」
妙は鳴海に目配せした。許可を求めたのだろうか。
「なるちゃんは都知事の娘ですからね」
「ほー」
コウスケは反射的に返事した直後、
「えっ!?」
自分でも大きすぎると自覚できるほどの驚愕の声を上げた。
「ごめんね…言う機会がなくて」
背中の鳴海が詫びを入れる。
「いやそれはいいんだが…そんな大層な身分なのに、その…」
「身分、か…」
鳴海が消え入るようにつぶやく。これまで言わなかった理由は、おそらく機会の問題ではない。コウスケはそれを察した。
二人の沈黙をわざと破るように妙が声を上げた。
「姉は昨日の晩、どうしても仕事で帰れないと言っていました。おそらくさっき言った計画に参加するためです…だけど…」
妙の語尾が下がる。
「だけど…なんだ?」
コウスケの質問に妙はいったん首を振ったが、やはり話すべきだと判断したのか深刻そうな顔で答えた。
「さっき見たんですよ。姉の業務用ヒューマノイドを、別の人が使っているのを」
「えっ?!」
鳴海がいち早く反応した。
「本当?」
妙がコクリと頷く。
「ほら、昨日都庁で会った、あの職員の人。だからつい声上げて、その人に気づかれちゃった…おかげでなるちゃんにも見つかっちゃったけど」
「そっか…」
鳴海は神妙な顔をするが、コウスケには何のことやらわからない。
「単純に貸し出してるだけじゃないのか?」
コウスケの質問に鳴海がすかさず答えた。
「それはないよ…運搬とか業務用の大きいヒューマノは登録した本人でしか起動できないもん」
「本人の国民カードを使わないと、ね」
妙が補足した。
「よくわからんが…その国民カードとやらを盗まれたのか?」
「それもありえません。国民カードは本人の体から50センチ以上離れると使えなくなります」
「じゃあなぜ…?」
「わかりません。ただ、なんだかすごく嫌な予感が…」
妙が弱弱しくいうと、鳴海が慌てて、
「ほ、ほら、たまたま似たようなやつだっただけかもしれないし、ね?」
と励ました。
おそらく彼女が見たヒューマノイドはコウスケが見たものと同じだろう。たしかにいかにも行政府の専門機のような独特ななりはしていたが、最新のヒューマノイド事情に疎いコウスケにはそれが量産されている型なのかどうかは判別がつかなかった。
「どうしたの?」
鳴海がコウスケに聞く。
「いや、さっきそのヒューマノイドを見たことを思い出してな」
「えっ?いつのまに?」
鳴海は時々察しが悪い。
「…もしかしてあの警報はあなたの仕業だったんですか」
妙はいかにも有難迷惑といった顔になり、
「わざわざありがとうございました」
と頭を下げた。
「あ、いや、まさかパチンコ玉打ち込んだだけで壊れるとは知らなくて。最近のはもろいんだな」
「壊したんですか?」
妙は感情を殺した声で聞いた。
「…まずかったか?」
「いえ…姉のもののはずがありませんよね…」
妙は言い聞かせるようにつぶやいた。
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