第十二話

「やっぱりお前、馬鹿なんだな」

 コウスケがやっとこひねり出したのは、そんな凡庸で内容の無い一言であった。ちがう、自分が言いたいのはこんなことではないはずだ。

「ま、そうかもね」

 鳴海はただ肯定した。コウスケはそれになんと返せばいいのかわからない。


 沈黙。


 寝具から腰を上げたコウスケは、上着といつもの荷物袋に手をかけ、外に出ようとする。

「どこ行くの?」

「塔の方に行ってみる。人を集める場所に心当たりがあるからな」

 コウスケは鳴海を全く見ずに答えた。鳴海がどんな表情なのかは分からない。

「助けるつもりなの…?」

「一生に一度くらい、あいつらに恩を着せてやりたいだけだ。それにこのままここで黙って潰されるのを待ってるだけじゃ気が収まらないからな」

「あっ、ちょっ待って」

 鳴海は椅子か立ち上がった…が、

「いっ」

 また椅子に倒れこんだ。振り返ると、右足ふとももの痣をさする鳴海の姿。

「どっかでやっちゃったのかな…?必死だったから気づかなった…」

 そう言ってたはは、と笑う鳴海。コウスケはまた目をそらした。

「お前はそこにいな。で、誰か来たら自分は誘拐されました、助けて下さい、って言えば、まあなんとかなるだろ」

「えっ、でも…」

「でも、なんだよ」

 コウスケが睨むと、今度は鳴海が目をそらす。

「いや、なんでもない…」

「賢明だな。お前がいても足手まといだ」

「う…」

 悔しがる鳴海の声を尻目にコウスケはそのまま部屋を出、工場から外へ出た。


『会いたかったから。元気な顔を見たかったから。元気な声を聞きたかったから…』

 頭の中に鳴海の声が響く。うるさい。耳障りだ。なぜこうも人の心をかき乱すのか。立ち止まり、来た道を振り返る。戻るわけにはいかない。そう思い、先を急ごうとした矢先である。がしゃらんと鈍い衝突音が響いた。音源は今しがた後にした工場のようだ。いそいで戻ると、鳴海が手をついて倒れていた。

「いたた…」

「…何やってんだお前」

「あ、いや、どっかぶつかっちゃって」

 愛想笑いでごまかす鳴海。

「そういうことじゃなくてだな…なんで動いているのかと聞いている」

「いや、だってさ、やっぱり、何もしないんじゃこっちも気が収まらないから」

 開き直ったように言う鳴海。

「本当は、外に出てコウスケがいないのを見て、それで諦めたかったんだけどね」

 そう言って目を伏せた鳴海にコウスケが背中を差し出す。

「ほら、乗れ」

「えっ…」

「よく考えたらこんなところに一人にする方が危ない」

「いや、でも、荷物になるんじゃ…」

「そんな足でノロノロついてこられる方がよっぽど荷物だ」

 それなら置いて行けばいいのでは?わざわざ連れていく必要はないのでは?鳴海が無言でそう問いかけている気がするが、それを確かめる勇気はない。

「う、うん、わかった」

 鳴海は特に反論もせずコウスケの言うことにしたがった。


* * *


 入り組んだ裏路地の建物の間から、朝の陽ざしを浴びた威容の巨塔が垣間見える。

「近づいてみるとほんとにおっきい塔だよね」

 背中の鳴海が見上げる。

「今となってはただの独活の大木だがな、昔はそれなりに機能を持っていたらしい。どんな機能か詳しくは知らんが、あの塔が特居の中心だったのは間違いない」

「もしかして、いまでも緊急避難場所的な役割ある?」

「そうだな。あそこにはでっかい地下空間があって、そのうちの一室が地震の時なんかの避難先になっている。おそらくサエたちもそこにいるだろう。とりあえず塔の近くまでたどり着きたいが…」


 瞬間、人工的なモーター音が響き、また消えた。複雑に入り組んだ建物の壁で反響して、一瞬だけコウスケたちのもとまで届いたのだろう。歩みを止める。

「この音、ヒューマノイドだよね。少し古いタイプの」

 鳴海が耳打ちした。くすぐったい。 

「集まらなかった人間を探しているんだろう。まずいな」

 コウスケは苦い顔をするが、

「いや、それは違うと思うなぁ」

 鳴海がコウスケの説を否定した。

「なぜそんなこと分かる」

「いやだって、あの音は安全のためにわざとつけられてるやつだよ?人探しのときは切ると思うけど。たぶん運搬とかのためなんじゃない?」

 コウスケは自分の耳が熱くなっているのに気づいた。早とちりで無駄に警戒した自分が恥ずかしい。

「まあでも、近くに誰かいるだろうから、その人に見つかったら大変だよね」

 コウスケの羞恥に気づいたのか鳴海は必死にフォローを入れた。

「…あれ、てことは、どっちみち隠れなきゃまずくない?」


 鳴海がそんな今更なことに気づいたそのとき、背後から高圧的な大声が聞こえた。

「おい、何してる!」

 ばれたか。そう思い振り返るが人の姿はない。いやよく見ると曲がり角で何やら少女の姿がちらちらと見え隠れしている。見たことのない娘だ。年は鳴海と同じくらいだろうか。右腕を死角にいる誰かに掴まれているらしく、それを振りほどこうと躍起になっている。


「あれ…?たーちゃん…??」

 鳴海の一言により、コウスケは事態がよりややこしくなっていることを確信した。

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