第二話
正直、鳴海自身もこんなにうまく内部に侵入できるとは思っていなかった。
特居の入り口らしき門を通る時も、ろくに荷物を調べなかった。あまりに杜撰である。内戦終結直後ならばこんなことはありえなかっただろう。内戦からすでに50年近く経ち、特居境界警備の重要性もだいぶ薄れているようだ。
物資の山の隙間から外の様子をながら、鳴海は、未知の世界の光景に心踊らされていた。ヒューマノイドやオートカーのない、亀裂だらけの道路というだけでも鳴海にとって十分に新鮮だったし、ときおり目に映る築何十年ともしれない古びたあばら屋や廃ビルは彼女にとってまさに垂涎ものなのであった。
あの中に人が、旧人類が、どのように生息しているのか?今すぐにでも荷車から飛び出し調査に繰り出したい衝動が何度も彼女を襲った。
荷車がピタリと止まった。慌てて態勢を整え衝撃に耐える。
「とっととそれ脱いでシャワー浴びてきな。夕飯作っとくからね」
老婆の声が聞こえる。
(脱ぐ?シャワー?…ほかにもう一人いる??)
するとカチャ、カチャと何かを外す音が聞こえた。顔を出したい気持ちを必死で抑える。
しばらく待って辺りに人の気配がしなくなってから、鳴海は山の中からゆっくりと姿を現した。見ると、倉庫のような、工場の作業所のような部屋の片隅にヒューマノイドの残骸がきれいに置かれていた。
ヒューマノイドの残骸?
そう、ヒューマノイドの残骸だ。
まるでヒューマノイドがその場で脱皮して、皮がその場に放置されているようである。
(改造ヒューマノイド?いや、初期のアーマードスーツみたいな感じかな…どっちにしろ非合法だよね…)
しかし、アーマードスーツだとすると、一つの疑問が生じる。…一体どんな人物がこれを装着できるのだろうか?
見たところ、身長180cm程度でなければ装着は不可能であり、横幅も相当に必要なはずだ。鳴海の知る人間の中で、これをまともに着こなせそうな者はいない。果たし
てこれは本当に人間の着るものなのだろうか?
倉庫の横にはシャワー室が備え付けられており、そこから水の滴る音が直に聞こえる。特に扉などで仕切られてはいないようだ。
(今あの中に、スーツの主が…!)
鳴海は身を忍び、シャワー室へとこっそり近づいた。思い切って中をのぞく。
そこでは、鳴海のみたこともないような異形な人間が、労働の汗を洗い流していた。
身長や体格があの図体のでかいヒューマノイドと同程度であるというだけではない。全身という全身に、隆々として剛健そうな筋肉がさながら装甲のごとくに張り付いている。
そして鳴海がなによりも目を疑ったものがある。この人間の足の根元、股関節の前面に、奇妙な棒状の突起が生えていたのである。
(ま、まさかこれは、政府が極秘裏に開発した人造人間兵器…?いや、地球外生命体によるアブダクトの被害者…?)
あらぬ思案をしているうちに、この怪奇な人間とバッチリ目を合わせてしまった。
「誰だ?」
シャワー室に低音が鳴り響く。鳴海は恐怖で身がすくんだ。
「あ、いや、その、決して怪しいものではなくて…」
鳴海の言い訳に聞く耳を持たず、裸のまま隙のない動きで近寄ってくる。両手を後ろ手で組まれ、完全に身動きを封じられた。
「すみませんすみません謝りますからどうかご勘弁を〜」
「なんの騒ぎだい?」
物音を聞きつけた老婆が駆けつけてきた。しかし侵入者の姿を見るや否や、呆れた顔で、
「その子を離してやりな」
「でもこいつ…怪しいだろ明らかに」
「いいから早く離すんだよ。そして服着な」
人造人間は不服そうであったが、この老婆には逆らえないらしい。鳴海を捕らえた
手をパッと離し、その場を退散していった。
「あ、あの、すみません、ありがとうございます」
鳴海が老婆に頭をさげる。
「あんた、清秋学園の生徒だろ?」
「え…あ、はい」
鳴海はついこのときまで、自分が制服のままであることを失念していた。見ると、泥でかなり汚れている。
「私の知る限りじゃ、もっとおしとやかな学校だったはずなんだけどねぇ」
鳴海は愛想笑いを浮かべるほかなかった。
老婆は鳴海を、質素な机といすの置かれた、ダイニングらしき部屋へと連れて行った。もとは工場の休憩所かなにかだったのだろう。
「あの、あの人ですけど…」
「ああ、そうか、外の人間だったら初めてだろうねぇ」
老婆はにやついた。
「あれがね、男というやつだよ」
「えっ??あれが??」
鳴海は、今自分が特別居住区にいるという事実を思い出した。それなら男がいても全くおかしくはない。
「…遺伝子はほとんど同じのはずなのに、あんなに違うものなんですね」
鳴海のつぶやきを、老婆は豪快に笑い飛ばした。
「とって食ったりしないから安心しな」
「へぇ…あれが」
鳴海の中を占拠していた恐怖心は、次第に未知の存在への好奇心に置き換わっていった。
そうこうしているうちに、古びたジーンズとワイシャツに身を包んだ男が戻ってきた。鳴海が男の体をじっと眺め、小声でぶつぶつとつぶやく。
「これが…旧人種の末裔…なるほどなるほど…はあはあ」
「…やっぱり、こいつ怪しいだろ」
* * *
「なるほどねぇ」
鳴海はここにたどり着くまでの経緯を説明した
「壁の管理局も今となっちゃあってないようなものだからねぇ、簡単に入れちゃうんだよねぇ」
なにかと口をはさむ老婆とは対照的に、男の方は眉毛一つ動かすことなく鳴海の話を黙って聞いている。
「あんた、ここのことが知りたいかい?」
「えっ?」
無意識に男の様子を観察していた鳴海は、老婆の方を向いた。
「明日にでも、ここの案内してやろうか?明日は日曜だろ?」
「い、いいんですか、本当に!?」
鳴海の目が、いつになく輝き出す。
「ああ、よかよか」
老婆はカカカと独特の笑い声をあげた。なぜか男の表情が一層険しいものになる。
「是非、是非お願いします!是非!…あ」
鳴海は、妙と出掛ける約束をしていたことを思い出した。
「…すみません、明日は用事があって…」
「そうかい…でもここまでの道は、だいたいわかるだろう?」
「はい、まあだいたいは」
「なら、また来週、こっちにおいで」
「すみません、ありがとうございます!」
鳴海は深々と頭を下げた。
「私の名前はサエ。そんでもってこっちの辛気臭いのがコウスケだからね」
「あ、私はま…鳴海っていいます」
ここで牧野の名を口にするのは憚られた。
「ナルミ、ねぇ」
サエと名乗った老婆は意味深ににやついた。
「ま、もうおそいからねぇ。コウスケ、その子を壁のとこまで送ってやりな」
「わかった」
コウスケは表情を一切かえずに答えた。男というのは皆こんなにも機械的なのか、
それともこのコウスケとかいうのが変わっているのか。鳴海の疑問は尽きない。
この家の出入りは、工場の作業所を通して行われているらしい。老婆は作業所の、荷車の横まで見送りに来た。その横をコウスケが無言のままついてくる。
「それじゃ、また来週、来るのを楽しみにしているよ」
「すみません、何から何まで…」
「なに、気にせんでええよ。客人は大事にするものだからねぇ」
そういって老婆は鳴海の手を握り、じゃあねと言ってから、
「それと、ここに来た事は誰にも言うんじゃないよ」
「それは言いませんよ。一応、法で禁じられてますから」
その手を、コウスケは冷ややか目で見降ろしていた。何かを訴えるように。
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