① 潜入

第一話

「また変な本読んで夜更かしてたでしょ」

 翌朝、細川妙との待ち合わせに十分ほど遅刻した鳴海は、開口一番にその原因を当てられてしまった。

「なんで分かったの!?」

「なんでって言われても…いつもそんな感じでしょ。昨日はなるちゃんの好きそうなテレビ無かったし」

「いやぁ誠に申し訳ねぇこって」

 鳴海はおどけて謝ってみせた。妙の表情が緩む。

「ほら、はやく学校行くよ?」

「あ、ちょまって!」

 先を急ぐ妙と、それに駆け寄る鳴海。二人のいつもの朝である。


「科学技術の急激な進歩!絶滅に追い込まれる旧世界の遺物!そして彼らが息をひそめる魔界、特居!いや〜そそるねぇ浪漫だねぇ」

 鳴海が歩きながら昨日の本の受け売りを興奮気味に話すと、妙は困ったような、呆れたような表情になった。

「やっぱりなるちゃん、昔からヘンなことばかり興味持つよね…」

「え?やっぱりヘンなのかな?」

 鳴海にも一応の自覚はあるようだ。

「そうだよ。UMAがどうとか埋蔵金がどうとか怪しい話ばっかり…」

 ふー、ため息をつく妙。

「今回はよりによって『男』ってね…」

「だって面白いでしょ?浪漫でしょ??」

 鳴海はそれが当然であるかのような口調である。これには妙も苦笑いだ。

「…そういえば子供のころは宇宙人探しを手伝わされたっけね、どこかに秘密の基地があるとか言って」

「え、何それ恥ずかしい」

「はんと恥ずかしかったよ…でもさすがのなるちゃんでも、そういうのはやっぱり恥ずかしいんだ」

 妙は安堵の表情を浮かべた。鳴海は心外そうにふくれる。

「そりゃそうだよ。だってそのときの私、地球外生命体が人間に視認可能な存在だって思い込んでたんでしょ?物質的次元を超越した高度複雑思念統合体である可能性も十分あり得るのに」

「あ、うん、そうだよね。なるちゃんだもんね、そうなるよね」

 妙は遠い目をする。

「どゆこと?」

 不思議そうにする鳴海が可笑しくて、妙に笑みがこぼれた。


 しばらくすると、清秋学園の地味で格調高い制服に身を包んだ生徒の影が散見するようになり、すぐに辺りは清秋一色となった。まわりの空気に同化するように二人の会話の内容からはオカルティックな要素は消え去り、日常的な、他愛もないものへとシフトしていった。


 清秋学園は女性婚時代の早期から政界、財界に数多くの人材を輩出し、日本社会の単性化に大きく貢献した由緒正しき名門である。現在では大財閥や大物政治家、その他著名人の娘も数多く在籍しており、さながら旧時代の「お嬢様学校」の様相を呈している。

 牧野鳴海も、そんな「お嬢様」の一人である。マキノ法の成功により巨額の財を成した世界的大企業マキノグループを所有する牧野一族の跡取りであり、一か月前からは東京都知事の娘となった。

 学園では、彼女を牧野鳴海として見る者はいない。あくまでマキノグループの娘、都知事の娘として扱われる。彼女もそれをよく承知しているから、ほかの清秋生のまえで個人的、変人的な趣味の話をすることはない。彼女が鳴海として、牧野鳴海個人としていられるのは、幼馴染の妙と二人きりのときのみであった。


 妙はそんな鳴海が哀れにも思えた。しかしそれと同時に、鳴海の中での自分の特別な立ち位置に得も言われぬ悦びを感じていた。


 むろんその思いが口に出されることは無かったのだが。


* * *


 放課後。


(今日もあの逆恨み政治屋娘の視線は痛かったな…知事選で誰が勝とうが私のせいじゃないっての)


 もともと良くも悪くも注目されることの多かった鳴海だが、都知事選当選後は政敵やその関係者から白い目で見られることも多くなり、学校の居心地の悪さはさらに加速していた。


(たっちゃんは美術部、そして私はいつものごとくにピアノの習い事、ですか)


 鳴海の足取りは重かった。どうしても、そのまま家に帰って一人でピアノレッスンを受ける気にはなれなかった。


(特居のまわりでも見ていこうかな)


 不意にそんなことが頭に浮かんだ。単なる思い付きにしては上々の選択肢に思えた。幼いころから報道記者やパパラッチの目を避けて生活するのに慣れ切っていた鳴海にとって、人目や防犯カメラをかいくぐって特居近くまでたどり着くのにさほどの苦労はなかったのだ。


 特居は、鈍色に光る高さ十~十五メートルほどの鉄壁に囲まれており、見るものを否応なく圧倒する。その周囲には人気は全くなく、鬱蒼とした森林が何百メートルと続いている。土地に明るくない者が見たらただの自然公園にしか見えないであろう。

 昔はこの森林が妙と鳴海の秘密の遊び場であった。こぎれいで安全で、人工的な造形にまみれた街中に比べ、この薄暗い森は子供の冒険心を大いにくすぐる。冒険の末にこの巨大な鉄壁を発見したときの興奮はいまでも忘れられない。


 そんな郷愁と、内部に広がっているであろう未知の世界への好奇心に駆られながら辺りを散策していた鳴海は、遠くに人の話し声を聞いた。どんどんと近づいてきている。急いで近くの茂みに隠れた。

(わざわざこんなところまで来るなんて、変わった人たちだなぁ)


 茂みでひっそり耳を立てていた鳴海は、話し声の主が老婆一人であることに気付いた。電話をしている様子でもない。気になった鳴海は、茂みの裏から様子を伺った。


 老婆と一緒にいたのは人間ではなく、労働用と思しきヒューマノイドであった。見たところ現在流通しているものより2世代ほど古い型番である。


 ヒューマノイドはもともと、ゲリラ的テロ攻撃を繰り返す黒志団系過激派組織に対抗する目的で開発された。近接戦、奇襲戦において男女の体格の差は致命的であり、銃火器の運用や格闘戦で男を圧倒できる技術が必要とされたのである。当初は肉体を補強するバトルスーツとして設計されたが、自動制御による無人化に成功し、戦闘用のヒューマノイドへと進化したのだった。男女間内戦が比較的早く終結したのもこの技術に負うところが大きい。内戦終結後もしばらく軍事秘密とされていたヒューマノイドであったが、戦後30年に一般にもその技術が公開され、警備用、業務用、家庭用等さまざまなヒューマノイドが流通した。今やヒューマノイドのない生活など考えられないほど普及している。

 一般に業務用、労働用は家庭用と異なり人語を解さない。しかしこの老婆は言葉の通じないヒューマノイドに「もたもたするんじゃないよ」などと叱咤していたのだ。


(いるんだよね、こういうおばあちゃん…あまり扱いに慣れてないんだろうな)

 

 ヒューマノイドの後ろには軽自動車ほどの大きさの荷車がくくりつけられており、物資がこれでもかというほど山盛りに積まれている。


(これはもしかして…壁の中に補給物資を運びこもうとしているのかな?)

 

 ちょうど鳴海の脇を通り過ぎたあたりで、老婆とヒューマノイドは休憩を始めた。

 鳴海の中で、冒険心が芽生える。


(この好機、逃がさでおくべきか!)


 鳴海は老婆の目を盗み、荷車の後ろのほうに乗りかかった。そして、物資の山の中にその小さな体を覆い隠したのだ。


 後先のことなど、鳴海の考えの及ぶところではなかった。

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