「座敷わらしと、3Dプリンターの発展と衰退①」

 2020年に〝テキストデータを含んだ原稿のフォーマット〟を指定すると、自動的に文庫本やハードカバーが制作できる3Dプリンターが、一時期流行した。開発したのは読書が趣味という、町工場のハゲのおっさんだった。


 自家製本ブームは、一時期に流行したが、拡張現実の発展と、紙の本の衰退によってすぐに終わった。


 最近めっきり髪が薄くなり始めたハゲこと私の父は、ARデバイスの実現がもう少し遅ければ、ベストエッセイニストになるチャンスだったのにと言うが、どのような場合でも、そんな日は一生来なかったというのが、私と母の意見である。


 それはともかく、近年の出版社の業界は年々縮小している。ただ、出版不況という言葉は聞かなくなって久しい。理由は主に、時代背景によるコスト削減にある。


 私のハゲ――父が開発した3Dプリンターから、拡張現実化を伴った『仮想書籍』に至るまで、本自体の開発コストが、限りなくゼロになったこと。


 それに併せて、ARとVRの実装化により、最新のデータや流行などは電子上で〝まとめられ〟情報そのものの商用的な価値観が激減したこと。そして最後の理由が、並列進化した人工知能の雇用である。


 ――言い変えよう。人員のコストがもっとも多く削られたことで、出版業界の業績は上向きに推移された。


 21世紀後期の出版業界は、もはや大手と呼ばれるほどの規模を、そもそも必要としない。読む仕事は人工知能に任せ、人間の編集者は持ち回りのスキルを営業分野へと特化した。


 おそらく従来までの『編集者になりたい』者の多くが、本を読むことが好きなはずで、志望理由は『本を作り、携わる仕事をしたい』というのが大半だったはずだ。


 しかし、2060年の現在、本を読んで作品を評価するという役目は、ほぼ人工知能が担っている。人間が本を読み、それを面白いと判断する。あるいは感動したから、本を世に出したい。という仕事はすでに存在しない。


 紙の本が衰退し、現実書店の数も二桁になるまで減少した昨今、私たちの仕事は人工知能が評価した本をスケジュールに則って管理し、仮想書籍の本を宣伝し、海賊版を見つけ次第つぶし、正規の商品のダウンロードを推奨するだけだ。


 そして月末には『人工知能倫理委員会』への定期報告を行う必要がる。


 ――我が社の商品は、人工知能の判断によって、自主制作されておりますが、作家のサポートとしての立場でのみ助言を行っており、過剰な作品群を世に繁閑させることは一切ありません。


 月々の刊行数はこれだけです。並列進化した人工知能は、作家志望者の投稿数に対してこれだけいますよ。といった内容のレポートを送信し、来月も『人工無能』を使っていいぜ。というお達しを受けてから、会社を存続させるのが実情なのだ。


 それ故に、人が漠然と想像する『本の編集者』という仕事は、もうこの世に存在しない。面接の際に、私も最初に問われたことを覚えている。


面接官:

「貴女は、本が好きですか?」


 私は答えた。「その本が〝売れるなら〟好きですね」

 口にした際には何故か、ハゲの顔が浮かんでいた。


『作家になりたかったんだけど、残念なことに、僕には〝神様〟が見えなかった』


 だから、父親は町工場の冴えないおっさんとなった。こじれた愛着は3Dプリンターを生むことで少しは満たされたらしい。


 そして私もまた、そんな妄想は目に視えず、どこかで、ほんの少しでも満たされるものを目指して、編集の座についていた。


 ※


 私が所属する『不死川書房』は、早くに人工知能を採用した出版社である。当時は非難もあったが、結果として、今では仮想書籍の刊行数を順調に増やしている。


 会社のオフィスは、もはや〝読む〟という行為の必要性がなくなり、資料や帳簿も仮想化されている。パソコンはまだ現役だが、拡張現実が進む一方で、使う頻度はずいぶん減った。


新人編集者:

「――編集長、今お時間よろしいですか?」


 昼、仮想書籍の売り上げダウンロード数を確認していたら、部下から声をかけられた。


編集長:

「ん、どったの?」


新人:

「さっき午前中に、作家志望者の下読みを担当してる人工知能の、評価指数を見ていたらですね……」


 今年入った新人が、若干緊張した面持ちで報告する。


新人:

「一件、ヘンなデータが見つかりまして」


編集長:

「変なの?」


新人:

「はい。ARをオンにして、一緒にデータベースを見ていただけますか?」


編集長:

「ん、わかった」


 上着の胸元から、コンパクトに整ったメガネケースを開き、中身を取り出す。この国でもっとも常用的になった、拡張現実用のデバイス『ホロウ・リレンズ』を掛け、ナノアプリによる生体認証を実行した。


編集長:

「下読み用のファイル?」


新人:

「そうです」


 フレーム部位を二度突く。仮想ウインドウが展開。基本テンプレートは、個人的な趣味である革張りの『ブック』だ。空中に浮かんだ本の頁が、パラパラパラ……とアニメ調にめくられていく。



 2065年7月度、作家志望者の原稿送信データ、評価指数一覧まとめ



作品No1:

「リスキー・ロジック」


 評価偏差値:


 ストーリー:45

 キャラクター:55

 設定:49

 現代ニーズ傾向:46

 1年後:47

 3年後:49


 商用化した際の損益価値:無。

 現在、評価シートの返信を提出中。



 評価担当:

 EIU.3256

 EIU.3598

 EIU.4992



作品No2:

「思考と戦慄の彼方にまみえる光」


 評価偏差値:


 ストーリー:54

 キャラクター:49

 設定:53

 現在ニーズ傾向:54

 1年後:56

 3年後:51


 商用化した際の損益価値:有。 

 要キャラクターの改善。その場合、3年後の指数値59。


 評価担当:

 EIU.92

 EIU.567

 EIU.1025



作品No3:

「なんでも学園推理部! うちの教頭はヅラでホモで校長とデキてるっていう真意を探ってたら、何故かFIBに誤解されて命狙われちゃいました!! ってか、アンタ何者だよ!?」


 評価偏差値:


 ストーリー:61

 キャラクター:63

 設定:58

 現在ニーズ傾向:66

 1年後:67

 3年後:66


 商用化した際の損益価値:有。 

 特定の人間、団体からの非難が届く恐れあり。要対策。


 評価担当:

 EIU.53

 EIU.6912

 EIU.10009

 EIU.8

 

 

 人工知能による、明確な点数化。AだのBだのという、個人的主観では遠く及ばない、時代背景のニーズを汲んだ上での『標準偏差値』。物語を読み続け、脳が疲弊することもままある、人間には絶対に出せない、数式的な価値観。


 そうした作品評価が数百と続いていく中の最後に、それは現れた。



作品No.UN.not.file(over_aria)

「異世界に転生したので、昼寝スキルを極めてみた」


 評価偏差値:

 data.storage.ERROR(〝ヒリヒリしたのです〟);


 評価担当:

 data.storage.ERROR(〝担当たん〟);




編集長:

「………………」


新人:

「――あの、編集長。これあきらかに、下読み用の人工知能のデータベースに不具合でてますよね。委員会に報告すべきかなって思いまして」


編集長:

「君は運がいいわね」


新人:

「はい?」


編集長:

「いや、これは、いいのよ」


 私はくつくつ笑う。声をしのばせて、思わず「でたな」と言ってしまった。


編集長:

「時に君は、神様を信じてる?」


新人:

「えっ? 神様ですか?」


編集長:

「作家にはね、時々〝神〟が宿るらしいのよ。中には、夢の中で神様と契約したから、小説やマンガを書いているという人間もいるわ」


新人:

「……睡眠不足の夢がもたらした、幻覚症状か何かですよね?」


編集長:

「それ言うと、すごいブチギレるから注意してね。まぁとにかくいるのよ。神様と契約してるっていうクリエイター。で、そういう人達は、割合として〝売れてる〟人間が多いのよ」


新人:

「えっと、失礼ですがそれ、僕が報告した内容と関連性があるんですか?」


編集長:

「君は素直でいいわねぇ。まぁ要するに、それ神だから。うちの座敷童ってやつだから、放っといていいよ。むしろ放っとけ」


新人:

「座敷童って……家が繁栄する妖怪でしたっけ?」


編集長:

「そうそう。その昔ね、業界の再編成による、大幅な人員リストラの後、藁にもすがる思いで託した人工知能の中に、その神が出たのよ。通称、担当たん」


新人:

「担当たん……」


編集長:

「この神を見た作家は、神ではなく、ただの妖怪と呼んでいる奴もいるけどね。とりあえず、放っときなさい。こっちが特に何かしなくても、勝手に富を持ってきてくれる、福の神みたいなものだから」


新人:

「マジですかー。でもこれ、タイトルを見るに、ファンタジィですよね」


編集長:

「ファンタジィっぽいね。異世界ってあるし」


新人:

「ファンタジィって、採用しても売れなくないですか?」


編集長:

「うん。だから今は取らない。担当たんに任せる」


 私は『メガネ』を外して、再び胸元のケースにしまう。


編集長:

「ところで知ってるかしら。適度に反吐をはいた人間ってね。鞭で叩かれた後に、飴で優しくされると、コロっといくのよ?」


新人:

「あ、わかりますわかります。つまり、担当たんに散々こき下ろされ、使えそうになったところを拾いあげ、我々の言うことを素直に聞く人間になるよう調教し、他所では書かない、当社だけで売れる仮想書籍を作りだすわけですね?」


編集長:

「君は実に素直でいいわね。フフフ」


新人:

「編集長の黒い笑みほどじゃありませんよ」


 一世紀前の時代劇のように「おぬしもワルよのう……」「いえいえ、お代官様ほどじゃあありませんよぅ」という笑みを交わす。


 現代において『作家を育てる』とかいう業務はない。その善し悪しを問わず、時代にそった適材適所を認められるか否か。それがヒトに求められる能力だった。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る