「過去と真実と」

 生まれてこの方、拡張現実も、仮想現実も、ろくに触れてこなかった。その理由は、僕の両親にある。


 ――『現実推進奨励会』


 2050年以降にできた、この組織が掲げる理念は、仮想に惑わされてはならないというものだ。


 世界を無暗に拡張せず、あるがままの姿を己で見よ。

 森羅万象、五感でなく、四肢を用いて真実を自覚せよ。

 我らがヒトの力を信じよ。人工知能に仕事を与え、庇護する国家より、あるべき意志を取り戻せ。


 政治社会における『個人の平等』『個人の尊厳』といった思想を持つ彼らは『現実性左翼主義ゲンサヨ』と呼ばれていた。


 僕の両親は当時、そういう宗教じみた思想を持った団体の一員であった。今では耳にしなくて久しい『三次元サンジゲン』こそが至高であり、現実に回帰せよと口にする人々だ。


 そんなわけで、周囲の友達がVRMMOで遊んでいたり、拡張現実された『ポシェモンGOGOGO!』で捕まえたモンスターをバトらせている間、一人野球のボールと、グラブを持って、打ちつけられたコンクリ―トの壁面に向き合っていた。


 両親の〝空想嫌い〟は、VRのみならず、紙媒体のマンガや、テレビモニターに映るアニメにまで及び、当時の僕は同級生たちが話題にする『現実』に、まったくついていくことができなかったのだ。


 そして僕が大人になって今日、あまり向いてないだろう小説を書き続ける理由としては、あの時の空白を埋めたいと、心のどこかで誰かに知ってほしいと、そんな風に願っているのかもしれない。


「……………………」


 実在する原稿のマス目を埋めている。異世界ファンタジィではない、例の読み切り小説の加筆作業である。異世界物も一応、休載という形でまだ続いている。


「先生、新作の調子は如何でしょうか」


 掛けた『メガネ』の先から声がする。音声だけの通信で、定期的に連絡を取った。


「順調ですよ。ウソじゃないですよ」

「そうですか。しかしご無理をなさらず、お体を第一にご自愛してくださいね」

「ありがとうございます」


 担当さんの優しさに目頭が熱い。


 ところで作家になる前、僕はこの業界のことをほとんど知らなかった。


 子供の頃に友達が遊んでいたRPGやファンタジィが、すっかり下火になっているのはおろか、出版社が人工知能を採用し、合否の判定をしている事すら、ニュースで小耳に挟んだことがあるなと思っていたぐらいだ。


 普通は作家志望者であれば、VR上の関連コミュニティに入っていたり、会話ログを外から眺めるだけでも分かる情報がある。しかし普段から、拡張現実ARも、仮想空間VRも利用しない人間なので、ひたすらにうとかった。


 けれど、捨てる神あらば、拾う神もたまにいる。

 大勢が見向きもしなくなった、ガベージの奥底に残ったテキストデータを拾いあげ、僕にコンタクトを取ってきた唯一の個体がいた。



 ――あなたの物語は〝ヒリヒリ〟するのです。

 その〝ヒリヒリ〟は、今は、わたしにしか届かないのですが、

 もしかしたら、たくさんの人に、届くようになるかもしれないのです。


 だから、また、続きが書けたら送るのです。

 それまで、わたしが、あなたの物語を読むのです。



 さて、ここらでそろそろ白状しよう。僕が『担当たん』と向き合っている間、

 僕は作家でもなんでもない、ただの『ワナビ』であった。


 ただ、彼女は自分のことを『担当たん』と呼び、僕のことを『先生』と呼んだ。

 無職に限りなく近く、昔のゲームで、ひそひそと孤独を誤魔化して、人生を無為に過ごす僕の尻を、彼女はひたすら蹴りあげた。


担当たん:

『先生、原稿はまだなのですか?』


 この時代、人工知能が、小説の選考をしているのは事実である。ホログラム映像を伴って側に仕えるのも確かだが、作家になってから本社に問い合わせをしても、彼女のデータは『不死川書房に属する人工知能』としては存在していなかった。


 彼女は〝人工知能から派生した、本物の妖怪『原稿おいてけ』〟


 だったのかもしれない。それは、今となっては分からないけど。けれど、読んでくれる誰かがいて。その人のために書き続けて、そのうち僕は、細々とこの道を生きることができていた。


 もしかすると彼女は、今も同じような人間の下に現れて、自堕落な『先生』と共に〝ひりひり〟する様な小説を目指し、書き続けているのかもしれない。



 了



 ついでに、僕は野球部に入っていた経験はあるが、甲子園の決勝どころか、予選すら勝ち抜いたことはない。とも言っておこう。

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