「書きたいものと、予想外」

 不死川書房に属する人工知能『担当たん』は、おおよそ一万個体の人格数が存在すると言われている。そして僕は、自分の『担当』に感謝している。売れないファンタジィを、なんやかんやで書かせてくれるからだ。


 確かに時々仕事をサボって、レトロゲームのアイテムコンプ作業にはげんだり、探さないでくださいと書き置きを残して、近所の銭湯や公園に逃避することもある。


 しかし自宅に帰ってくれば、厳しくも温かい言葉で「早く原稿書いてください」という、侮蔑と嫌悪の言葉を授けてくれるのだ――


担当たん:

「先生の担当、代わることになったのです。後はよろしくお願いいたしますです」


先生:

「ふ、ふえぇ~ん!?」


 あまりの予想外な言葉に、ヘンな声がでた。


担当たん:

「萌えキャラみたいな悲鳴はやめてほしいのです。先生の顔面偏差値でやられると、グロ画像にしかならないのですよ」


先生:

「生きていてごめんよ……」


 自宅の応接間。格調現実用の『メガネ』をかけて、面したソファーの向こう側にいる人。現実には存在しない、いつものスーツを着たホログラム映像の人工知能が座っている。


先生:

「そ、それで、担当代わるって本当に……?」


担当たん:

「人工知能は嘘をつけないのです」


 仮想のティーカップに口付けて、落ち着いた様子でコースターの上に戻す。人間と違い、担当が人工知能の場合、作者側からの強い希望がないと担当者は移動しない。


 理由は単に〝読み手〟が足りているからで、人事異動という概念が存在しないからだ。つまり人工知能側から「担当代わります」と言われるのは、よほどのことである。


先生:

「……僕のなにがいけなかったと言うのか……」


担当たん:

「その言葉に返答したいことは山ほどあるのですが、ひとまず解答しますと、先日頂いた原稿で、別枠の新連載が決まりそうなのですよ」


先生:

「えっ、じゃあ、異世界で昼寝する話、打ち切りなのっ!?」


担当たん:

「いえ、そっちはどうにか、崖っぷちで踏みとどまっている感じなのですが」


先生:

「どちらにせよ、崖っぷちかい」


担当たん:

「なのです。あのまま釣り堀編を進めていれば、今頃は岩盤に頭を打ちつけて、お亡くなりになっているところでした。それで以前、サイドストーリーを募集した際に、もう一本べつの、新規の話を頂いたじゃないですか」


先生:

「あー、なんか勢いで浮かんだから書いたね。普通の現代青春っぽいやつ。正直、書いててあんまり面白くなかったんで、どうせアンケ最下位でしょ?」


担当たん:

「いえ、先生ご自身には不評でも、他には好評だったのですよ。とりあえずVRページで公開していたアンケート結果が出たので、ご覧くださいです」


 担当が小さな両手を広げて、ノータイムで拡張現実用のウインドウを表示させる。


担当たん:

「これなのです」


 タブには「不死川書房VR一般公開、作家新作書下ろし評価指数一覧表(社外秘)」という、如何にも人工知能がつけそうな長いファイル名が表示された。そしてAR映像の中に3Dの棒グラフが伸びていく。


先生:

「なんか、他の作品に比べて、やけに伸びてるのがあるね」


担当たん:

「それが先生の新作なのです」


先生:

「……どこの先生だって?」


担当たん:

「わたしの先生です。どうせなら、こちらをメインで書いた方が良ろしいのでは?」


先生:

「え、えぇー……正直、どんな話を書いたからすら覚えてないっすわ……なんだっけ、クォーターリピーター?」


 表示されたタイトル欄を見ても、確かこれが自分が書いたやつだっけかなぁ、ぐらいにしか印象にない。


担当たん:

「一週間に一度、15分だけ、現実の時間を巻き戻せる懐中時計を持った、高校生のお話なのです」


先生:

「あぁ、せやせや。小心者のヘタレ男子が、15分間だけ、時間を巻き戻せる時計を手に入れた話だっけ」


担当たん:

「なのです。それから周りの友達が、ARやVRゲームを興じる中で、一人で壁に向かって野球ボールを投げ続けていた少年が、高校生になって野球部に入り、甲子園の決勝の9回裏、ツーアウト満塁という場面で、無様に三振を取られ、15分の時間を巻き戻すかで悩むという話なのです」


 チクリと、胸が痛んだ。


担当たん:

「大勝負に負けたことを認めるか。それとも、三球目に飛んでくるストレートを確信して、やりなおすのか。ラストシーンで主人公が選んだ選択に、大勢の読者ユーザーから、考えさせられたというご意見がたくさんありました」


 僕は目をそらして、ぽりぽりと頭をかいた。


先生:

「あー、そうなんだ? 適当に書いたんだけどなー」


担当たん:

「傑作でした。少なくとも、わたしには、あの選択は浮かびませんでした」


 珍しく、担当が僕を褒めた。ほんの少し笑っている。


担当たん:

「わたしは、このお話に対して一切のアドバイスはしませんでした。すでに原稿ができあがっていましたし、修正をする必要もないと思ったからです」


 そして紅茶のティーカップをもう一度掴んだが、仮想のティーカップは空になっていたのか、代わりに言った。


担当たん:

「――ただ、現在の分量では少々ページが足りないのです。仮想書籍化をしていただくには、もう少し加筆をして頂く必要があります。先も告げましたが、その際、先生には、わたし達の中でも実績を持っている、上位担当者が付くことになりました」


先生:

「えーと、その話はありがたいんだけど。今連載してる異世界ファンタジィはどうなるん? 魔王の主人公が昼寝スキルを真に極めたところで、宇宙空間へ旅立って、邪悪女神との対決を予定してるところなんだけど」


担当たん:

「ご安心ください。そちらはそのうち、自然に打ち切りになるのです。新作に力を入れて頂ければ幸いなのです」


先生:

「ひでぇ。いや、でもそうしたら、君は、担当たんは、どうなるのさ」


担当たん:

「べつにどうもしないのです。また新しい先生の担当をするだけです。今後のやりとりについては、以後そちらの担当とお願いするのですよ」


先生:

「……担当たん?」


担当たん:

「先生。先生の今後のご活躍を、いっそう、心より応援しているのです」


 そうしていつも通り、僕の担当は、目前から消えていった。


 消えて、二度と、現れなかった。

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