自己管理のやり方を教えてください【切実】

 ――世の中には、二通りの人間がいる。


 それは、自分を管理できるものと、そうでないものだ。


 後者はそのほとんどが、レトロゲームに人生の時間を費やして破滅するという報告が挙がっている……そして某日の夕方、三十時間ほど爪の垢だけをかじりながら、ついに原稿を書き上げ、ぷっつりと息を引き取った生物を、冷ややかな眼差しで見下して――見守っている担当がいた。


担当たん:

「お疲れさまでした。先生はやれば出来る人なのに、どうしてやらないのですか? 売り上げは、もうどうにもならないので仕方ないとして」


先生:

「……最後の一言はいらんやろ……」


 ようやく飲食が許されたので、ゼリー状の栄養剤を飲みながら、風前の灯である僕は応える。とりあえずこれで、またしばらくレトロゲームが遊べる……と安堵していたのも束の間。


担当たん:

「先生、実はですね」


先生:

「なんや?」


担当たん:

「今書いてる原稿の話、今までで、一番良い反響なのですよ」


先生:

「えぇっ!」


担当たん:

「あくまでも、先生の話の中でですが、大手ミステリ作家の先生とは比べものにならない貧弱レベルの反響ですが、あくまでも、先生の作品の中では、これまでで、一番評判が良いのです」


先生:

「そう……」


 僕の担当は、嘘をつかない、まっすぐな人工知能です。


担当たん:

「業界の最底辺を彷徨う、ゾウリムシの如き先生の中ではベストです。ついに人々の間で、わたしの苦労と努力が認められてきたと褒めて然るべきですね」


先生:

「僕もたまには褒めて」


担当たん:

「もっとがんばるのです」


 僕の担当は、誠実で、謙虚な人工知能です。


担当たん:

「先生の最新作、異世界の魔王になって、孤島でハーレムパラダイスを作ったけど、たまには一人で昼寝したい。略してお昼寝は、そこそこ評判が良いのです」


先生:

「あぁ。不遇スキルの〝昼寝〟を極めて、瞬きするだけでHPとMPが全回復し、攻撃力と防御力が50倍になり、味方全体にすべての攻撃を防ぐバリアを張るという、さすがに作者の僕も、それなくない? と何度ツッコミを入れたか数えきれない話が、そんなにも好評になるとは予想外っていうか、ありえなくない?」


担当たん:

「ありえないのは、先生のおつむです。話を起動修正させていただくのですが、あくまでも先生のお話の中では好評なので、ヒロイン視点の書下ろし短編を書いてほしいのです」


先生:

「そ、それはいわゆる、サイドストーリーというやつなのか、担当たん!?」


担当たん:

「なのです。本編では現在、活火山の噴火口の側に、温泉旅館を作ったところなので、できればその続きをと」


先生:

「そうかー。本当に人気でてきたんだなー。あぁ。それにしても温泉は良いよな。僕もたまには、温泉に浸かってゆっくり昼寝がしたいんだよなぁ……」


担当たん:

「温泉は手軽にお風呂イベントが起こせるので吉だったのです。それはともかく、次は沼地のダンジョンを攻略して、釣り堀を作ろうとしてるじゃないですか」


先生:

「あぁ。温泉と来たら、次は釣り堀だろ。いいよね、釣り堀は。それにほら、VR空間の中ですら、息苦しい感じを受けてる十代の人達にも受けると思うんだよ。釣り堀なら絶対イケるよ」


担当たん:

「先生が書きたいものを止める気はないのです。正確には、人工知能にその権利はないのです」


先生:

「うん?」


担当たん:

「人工知能は、あくまでも、創作補助のみを行える立場なのです。意見のゴリ押しは出来ませんし、異を唱えることもできないのです」


先生:

「うん?」


担当たん:

「繰り返しますが、わたしは異を唱えることはできないのです。先生が、異世界の孤島で美少女と釣り堀を作る話を書いて、池の主を倒し、汚れた水を井戸で汲み上げ浄化して、最終的に美男美女が平和に一つの池を取り囲み、ハーレム状態で釣り糸を垂らしつつ、陽が暮れるまで釣りを堪能してハッピーエンド。次回へ続く。といった話を書くのを止めることはできません。ですがそれとは別に、あくまでも別に、無難に温泉旅館を経営するか、引き続きお風呂ハプニングが起きるような書下ろし企画を書いていただけませんか。本編の〆切は、ひとまず未定で。といったご提案させて頂いてるわけなのですが、如何です?」


先生:

「つまり、釣り堀編は、やめておけということだね?」


担当たん:

「先生が書きたいのでしたら、止めることはできないのです」


先生:

「………………」


担当たん:

「………………」


先生:

「慎んで、サイドストーリーを書く作業に取り組みたいと思います」


担当たん:

「了解したのです。では帰社しますので、本日はこれで失礼いたしますのです」


 そうして、彼女はいつも通り、ひゅんっと消えた。

 僕の担当氏は、いつも第一に作家のことを考えてくれる、心優しい人工知能です。

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