「人工知能に支配されるヒト」
先生:
「うーん、次のボス、つえーな……全員のレベルを、あと5つぐらい上げないと、勝てないんじゃないか……?」
僕は一応、小説家である。趣味は半世紀前のレトロゲームだ。平日の昼間から、液晶画面上で動作する、3DCGのキャラクターのステータスを検分し、次の攻略法を考えていた。
先生:
「まずは武器の素材を集めて合成して……あっ、ドワーフにボーナス入るからスキル割り振らないと。ってか金がねぇから稼ぐのが先かぁ、あー、めんどめんど」
面倒だと言いながら、ゲームはやっぱり、この試行錯誤してる時間が一番楽しい。
先生:
「……家で一人、ゆっくりと、誰にもジャマされず、コツコツとアイテムを揃えていくのが良いんだよなぁ……」
オンラインで協力して効率よくプレイするとか、邪道ですわ。いや、この時代のゲームにも、ダウンロードコンテンツとかあるんだけどね。
先生:
「今だとチートでもしない限り、絶対に手に入らないアイテムとかあるからなぁ。事前にそういう情報は集めてからゲームを買っている。今ならどれも50円ぐらいで買えるから、安い買い物だっ」
虚空に向かって、自分の趣味を一人レビュる。
先生:
「それにやっぱり、他の誰からも文句が出ないってのが良いよなぁ。リアリティがどうの~とか、文句言われないしな」
現在のVRMMOなんかだと、チート行為は超厳重に取り締まられて、専属の人工知能が24時間、不正を監視しているという。息苦しいことである。
つまり2060年代の『リアリティ』というのは、システムを呼び起こす行為の是非ではないのだ。
元ニートの冒険者が、ハードウェアもソフトウェアもネットワークも量子コンピューターも人工知能の知識プロセスの発露も知らず、コマンドという名の『魔法』を唱えるだけで、それに世界が都合よく応えるなんてありえない。というわけだ。
『コマンドが使える』という事自体に、リアリティ否定論者はいない。
先生:
「みんな、難しく考えすぎだよなぁ。いいじゃん、いいじゃん、好きにやろうぜ」
僕の回答はその一点限りである。正直なところを言えば、現在流行の、一部の隙もない『本格ミステリー』はおろか、多様な個性あるキャラクターが繰り広げる『キャラミス』というのまで、まったく書けない。
ベッドで横になって、適当にパラパラページをめくったり、先の挿絵が気になって、チラチラページを行ったり来たりしながらでもなんとなーく読める、敵が現れて、合わせて主人公が強くなって、バトって、勝って、レベルが上がって次のステージへ進む。ひねりもなんもない、ご都合主義の話が好きなのである。
先生:
「マジメに生きなくても、いいじゃないか~♪」
部屋でゴロゴロしながら、レトロゲームをする。机の上には、粉雪のようにまっ白な原稿用紙と、食べ終えたカップメンが転がっている。そういえば、この前打ち合わせしたのって何時だっけと思っていると、
担当たん:
「先生、原稿の調子はどうですか?」
先生:
「う、ううわあああああああああああ!!!」
妖怪『原稿おいてけ』が、あらわれた。
定期的に現れるのを「仕事があるのは、ありがたい事なのだよ」と観音菩薩のような笑顔でおっしゃる先輩氏は大勢いらっしゃるが、ただでさえ売れない上に、筆も遅く、一行を埋めるのすらも困難な僕にとって、その妖怪は現世のなによりも恐ろしい。何故、僕はこの仕事をやっているのか。それこそミステリーである。
担当たん:
「先生、拡張現実の共有化設定をオンにして、応接間の方においで頂けると幸いです。そちらの仕事場でもいいのですけれど」
先生:
「だだだ、ダメに決まってるだろー!!!」
僕は机の上の『メガネ』――拡張現実共有化デバイス、ホロウ・リレンズ――に向かって叫んだ。急ぎゲームをセーブして電源を落としてから、可及的速やかに『メガネ』を掛け、「たすけて」とだけ文字を埋めた白紙の原稿用紙の束を脇にかかえ、応接間の扉へと急いだ。
先生:
「ふぅ……」
息を整える。前髪をさらり。ヒゲが伸びっぱなしで、上下ジャージだが、止むをえまい。扉をカチャリ。
担当たん:
「こんにちは、先生」
拡張現実を共有化した先に、現実には実在しない妖怪、もとい人工知能がいた。今日は真夏日と呼べる暑さだが、太陽光線に影響されないホログラム体は、いつも灰色のスーツをピシリと着こなしている。その背には透けた碧色の翼が伸びる。
先生:
「やぁ、久しぶりだね」
担当たん:
「お久しぶりなのです。今日もひきこもってゲームを遊んでいたのですね?」
先生:
「ははは、まさかー。ついさっき、聡明たる我の頭脳が青天の霹靂の如き発露を導き、さざ波の音色と共に、さりとて雄大さを感じさせる真夏の太陽っぽいインスピレーションが一斉に押し寄せて、まさにこれからといったところだねっ!」
担当たん:
「つまり、なにも出来てないのですね。知ってたのです」
先生:
「不甲斐なし……」
担当たん:
「良い度胸です。先生の腹を切っても良いのですね? それとも、連載打ち切りをお望みですか?」
先生:
「待ってくれ。話し合おう。話せば、わかる……」
なんか恋人に「もう貴方とはやっていけないわ」と言われ、それをなんとか引き留めようとする、最高に最低な男の絵が脳内で浮かんだ。
担当たん:
「わたしが欲しいのは、今を埋められる原稿だけなのですよ」
先生:
「がんばるます……」
そして僕は、今日も一日、元気に原稿を書く。
人工知能に支配される未来をお望みか? 今だけは強く切望していた。
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