『2040年ぐらいから、2060年ぐらいに起きたこと』


 『架空の物語』と言えば、代表となるのは、ファンタジィである。


 小説のみならず、あらゆる創作物の中で、不動の天下を取っていたはずの分野であったジャンルに、じわじわと陰がさし始めたのは、2040年頃のことである。


 ヴァーチャルリアリティこと、VR。


 一から作られた仮想世界に対して、現実に上書きする方向での拡張現実、AR技術もまた、一般世間の間に、広く深く浸透しはじめていたのがこの時期だった。


 やがて持ち歩けるサイズの、VRデバイスが完成し、やや遅れ、AR方面にも『ホロウ・リレンズ』と呼ばれる小型端末が実装されると、電子データを〝カタチ〟として持ち歩くという事が可能になった。


 それは、かつてのファンタジィ作品を愛好していた人々に、理想的な形での〝夢〟の提供であり、想像、妄想が現実となった瞬間でもあった。


 現実の一部と機能をリンクした『VRMMO』と呼ばれるゲームジャンルは人気を博したが、同時にこれ以外のファンタジィジャンルは、夢見た妄想を補完する余地がないとされ、明確な下位互換と化し、人気を失い始めたのも主たる理由だ。


 では、書籍関連ではなにが流行り始めたかというと、現実に発生する可能性が『ゼロではない』本格指向のミステリだったり、謎解き要素の強い、推理バトルや脱出ゲームだった。


 妄想はVRMMOで満たされる。しかし作業と化したゲームプレイの日々に、スリルはない。その隙間をつくようにして、ミステリ小説の人気が、一般的なファンタジィと逆転してしまった。


 ミステリィが、ファンタジィの人気を超えるなんて、それ自体がミステリィだ。なんて言葉が囁かれた程である。


 ともかく、現実にはとても遭遇したくない、密室殺人事件だの、生き残りを掛けた思考系脱出ゲームなどの書籍が人気を博した。その傾向は以後の時代と共に先鋭化されて、2060年代の人々が求めるエンタメ小説は、最終的にリアリティな演出のある、ミステリ・フィクションに落ち着いてしまったという次第である。


 そして純粋な、あるいは王道こそが大事とされていた『ファンタジィ小説』は、今では一番「売れない」と言われて久しかった。

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