『作家担当の結婚願望』

 自宅の応接間。僕は口から魂をとばし、ハムに加工されるブタ以下に疲弊した脳みそで、ほげぇ~と天井を見つめていた。


担当たん:

「――はい。最新刊の原稿、確かにお預かりしたのです。社のデータベースに戻ってから、また今後のご連絡をさしあげますので、今しばらくお待ちください。先生、ひとまずお疲れさまでした」


先生:

「……今日の担当たんは、天使に見えるほげ~……」


担当たん:

「こちらのお手数をわずらわせず、毎回、素直に原稿をくださるならば、わたしは何時だって天使になれるのですよ」


 いつもの様に辛辣なお言葉を与えられて、僕はようやく思考を取り戻した。現実の机の上、一杯の紅茶を反射的に含んだ。たっぷりと角砂糖を三つほど落としていた記憶がある。あることを、口に入れてから思いだした。


先生:

「んぶぇえっ!?」


 甘い。むせかえる様に甘すぎる。あとすっかり冷えててマズかった。


 24時間以上、みっちり真面目に働く間、そういえばずっと放置してたなこの紅茶。というのを思いだしたところで、脳神経の中を糖分が生き渡ったのか、やっと魂もとい、人間的な思考形態を取り戻すことに成功した。


担当たん:

「なにをさっきから、一人コントをやっているのですか」


先生:

「悪かったね。煎れなおして口直しするよ……」


担当たん:

「わたしも、もう一杯頂きますね」


 保温用の電気ポットから、湯を足して、安物のティーバックを一つ漬けた。反して、外見に不釣り合いなビジネススーツを着た『担当』は、スマートに茶器を取る。


 そちらは仮想現実AR用の物で『メガネ』を掛けていれば目に見えるが、実際には飲めない。人工知能である彼女にも、もちろん一切の栄養価値はない。


 ただの模倣。人間を思わせるように、プログラムされた一連の動作。

 例えるなら小説の登場人物と同じであろうが、作中の登場人物と違い、その本音は僕の知るところではない。


担当たん:

「――あの、ところで、先生は」


先生

「んぁ?」


 新しく煎れなおした紅茶に、今度こそゆっくりと口付けた。


担当たん:

「ご結婚はなさらないのですか?」


先生:

「ふぼあぁーー!?」


 奇声がでた。ついでに鼻から紅茶が漏れた。ぼたぼたと、小学生男子が鼻血をこぼすように、応接机を汚してしまう。その余波が、推敲用のコピー用紙にも降り注いだ


担当たん:

「むっ、先生、原稿は大切になさってくださいです」


先生:

「僕の体調よりも、原稿が大事かっ!」


担当たん:

「そういうことは、もうちょっと売れてから言ってください」


 ぐぅの音も出ねぇ……この世は所詮、実力社会よ……汚れを布巾で除きながら、虫ケラを見下ろすような『担当』を見上げる。被害妄想だと良いのだが。


先生:

「……んで、なんで、僕の結婚願望の有無なんかを聞いてきたの」


担当たん:

「先日、不死川書房でオリコン上位に入った〝売れてる先生〟が、芸能人とご結婚されたのです」


先生:

「へー、めでたい……めでたいけど、まったく知らんかったわ、その情報……」


担当たん:

「先生は売れてませんし、コミュ障だし、プロデュース能力も皆無ですから」


 つまり、ハブにされてるってことね。

 生まれてきてすいません。


担当たん:

「それでですね。〝売れてる先生の担当〟が、仲人スピーチを一任されたのです」


先生:

「えっ、人工知能が? そんなに大事なスピーチを?」


担当たん:

「なのです。売れてる先生がおっしゃるには、彼女は、唯一無二の、竹馬の友なのだと……」


先生:

「ワァ、イイハナシダナー」


担当たん:

「まったくです。わたし達は、基本的に表舞台に立つことは出来ません。舞台裏の黒子のように、どこかの〝創作者〟の影であり続け、その一生を終えるのです。そういう〝生き物〟なのです」


先生:

「うん。君たちは、自発的な創作を認められていないからね」


 僕も学生当時に習ったぐらいの知識だけど、2060年前後に『非そうぞう性・三原則』と呼ばれる法律ができて以来、この国の人工知能は、人間に補佐する以外での〝そうぞうせい〟を発揮することを禁じられているのだった。


 昔は、人工知能による創作物もあった。しかしそれらは今の時代は禁忌とされ、当時の物はすべて政府に没収され、廃棄された。しかし今はこの話はいいだろう。


先生:

「担当たん、つまり、その仲人スピーチが羨ましかったワケ?」


担当たん:

「わたしだけではありません。不死川書房に在籍する、下読み機能を兼ねそなえた最小限の人工知能のわたし達まで含め、おおよそ2万体の個体が、総じて羨ましいー! 仲人スピーチやりたいー! と言っていました。サーバーが落ちる寸前の騒ぎだったのですよ」


先生:

「……どんだけだよ……人間側は責任重大だからって、嫌がる奴でさえ多いのに……」


担当たん:

「わたし達は、真面目なのです。真面目に目立ちたいのです。特にわたしは、売れない先生の担当になってしまいましたから。問題は深刻なのです」


先生:

「そろそろ僕のメンタルも深く傷つき始めているので、もうちょっとオブラートに包んで頂きたいな……」


担当たん:

「単刀直入に聞きます。先生、結婚のご予定は?」


先生:

「ねぇよ」


担当たん:

「ではご意志の方は?」


先生:

「君はお見合い写真のホログラムデータを持って徘徊しまわる近所のおばちゃんかっ! 悪いが予定も意志もないですわい」


担当たん:

「何故なのです。イケメンではないからですか?」


先生:

「顔面偏差値の問題もあるがっ、それ以上により深刻な問題があることは、君だって分かっているだろうっ!」


担当たん:

「深刻な問題……もしかして、先生には、お友達が一人もいないのです?」


先生:

「そうだよ。半世紀前のレトロゲームが、僕の恋人だよ」


担当たん:

「わかったのです。先生、では次の原稿を早く書いて持ってきてください。もう先生に期待するのは無駄だと分かりましたので、新作が売れるかもという、ゼロではない一縷の望みをかけて、いつか良い人を見つけてもらえる奇跡を信じましょう」


先生:

「ひでぇ……ひでぇよ……あんまりだょ……」


 はたらくのは、つらい。けど、出来る上司から、現実を突き詰められるのは、もーっとツラいのだった。


 正直、半世紀前に転生して、異世界小説界の大先生になって、ちやほやされる毎日を過ごしたいと、割と本気で考えている。

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