読み飛ばせる設定資料:『2060年頃に起きたこと』

 21世紀の折り返し、高度に発達した人工知能達は、人間が〝おもしろさ〟を感じた時に流れる電気信号と、該当する時代背景の因果関係を、具体的な数式で表わすことに成功したと言われている。


 その数式を正しく証明してみせるように、世の中には、彼らの作品群が跋扈した。


 人的なコスト制限もなく、基本無料で生み出され続けた創作物は、やがてひとつの大規模な事故を起こす。


 以来、先進国を自認するほとんどが、人工知能による〝そうぞう〟の一切を禁止した。これにより、人間はふたたび、自らの手で創作物を手掛けるようになるのだが、一度慣れてしまった利便性、あるいは効率性を完全に捨て去ることはできなかった。


 すなわち、例の数式により、確実性のある〝おもしろさ〟を提供する、人工知能の作品を世に出せば、一定の売り上げが保障されているのに対して、人間的な判断のみを参照に送り出した作品が、売れる保障は無かったのである。


 事実、それまで順調であったエンタメ配信会社が、人工知能の〝そうぞう〟を禁止されて以来、ヒット作を生み出せず、次々に傾き始めたのだ。中には露骨に「個人の判断力には、もはや何も期待できない」と口にする者も現れた。


 そうした人々は、人工知能の〝そうぞうせい〟の復権を期待した。


 日本ではこれらの世論に対し、先の事件の直後に定められた『非そうぞう性・三原則』の基本事項に加える形で、人工知能が主導権を握らず、一切の利権を獲得しない上での間接的な創作補助であれば、これを良しとするという、なんとも曖昧な追加事項を認めた。


 この翌年、日本の東京都に『人工知能倫理委員会』が発足。特定の人工知能が、政治経済に影響を及ば差ない『人工無能』である事を判断する組織である。


 さらに翌年、出版社の『不死川書房』が、人工知能倫理委員会の認定を通過。日本で初めて〝人工無能による、新人賞の第一次下読み選考』を導入した。


 応募者には合否の有無によらず、不死川書房が保有する、人工知能名称『担当たん』の約一万人分による、評価シートが発送され、大きな反響を呼んだ。


 加えて数年後、拡張現実ARを手軽に実現する『ホロウ・リレンズ』が、日本アミューズメント企業の『ナンテンドー』より発表される。


 これにより人々は、日常生活で、携帯電話を持つように『メガネ』を掛けて、拡張された現実世界で過ごすのが、ごく自然の成り行きとなっていく。


 今や人工知能は、各個体がホログラム映像を用いて、服を着替えるように姿を変える。ホロウ・リレンズの拡張現実共有化装置ARデバイスの機能を伴って、仕事上のパートナーとして、隣にたたずみ、こう告げる。


担当たん:

「先生、新しい原稿は、まだですか?」

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