第16話 晩餐の招待者
風が髪を撫でる感触に、俺は意識を取り戻した。
「…っ…ここは…?」
眠っていたのか…俺は。
記憶がいまいち不鮮明だ。
今と意識を失う前が繋がらない。
「…」
見たところテントの中のようだ。
周囲に人の気配がある、訓練された動きだ。
「…」
紫紺の刀、『宵風』は腰に在った。妖刀だ、そもそも離れることのほうが難しい。当然といえば当然だ。
柄に触れ、呟く。
「何があった?」
『ー』
瞬間、刀から情報が流れ込んでくる。
短時間の記憶障害だろうが、自分の置かれている状況を早めに理解する必要がある。
…そうだ、俺はあの悪魔のような少女と対峙して、その少女が何だか低血圧そうな顔になって…戦いに…そして確か、突然目の前が暗く…
「へー。」
「!?」
突然聞こえた声の方向に『宵風』の切っ先を向ける。
そこには、女性というにはまだ早いであろう、一人の少女が立っていた。
「…気配は感じなかった。」
「あはは、気配消すの、クセになってるんだよねー。なーんちゃって。」
敵意は感じない。が、実力が読めない。それどころか、闘気も、殺気も、生気すらほとんど感じられない。
「…幽体か?」
「いや足あるから!もー、やめてよねー。『気』に敏感な人がこれほど厄介だとは思わなかったよー。私は人間、ちゃーんと生きてるよ?」
ケラケラと少女は笑う。
「にしても、さっきのやつすごいねー。その刀、ただの刀じゃないんだ。」
「…ああ、まあな。」
見ただけでわかるのか、『宵風』の特性が。
全てを理解したとは思えないが、それだけの力を持った存在ということになる。
だが、この感じ…警戒の必要は無いか。いや、しても疲れるだけだろう。何か害意があるならとっくに仕掛けているはずだしな。
少女に向けていた『宵風』を腰に差し、彼女の瞳を見据える。
その瞳は深い。ただただ深い。まるで深淵を覗いているかのようだ。
「あんまり見つめられると照れちゃうかもだよ?」
「その前に俺の気が狂いそうだよ。なんなんだ、君は。」
「うーん…?ふーん…むむう…?」
「…?」
「いや、なんかおもしろい返しないかなと考えてみたけど全然浮かばなくて…!私アドリブって弱くて…」
「…俺とあの低血圧そうな悪魔の戦いに介入したのは君か?」
「え?なにそれ知らないけど。みんなが森で倒れてたあなたを見つけて運んできたんだよ?」
「みんな?」
その時だ
「おー!起きてるじゃねえかよォ兄ちゃん!!」
「飯食うか飯?うめぇイノシシが狩れてよォ!!」
バサッとテントの幕が開き、どやどやと大柄の男達が入ってきた。
どれも見たことのある顔だった。顔や体の至る所に傷があるいかにもな男達。そしてそれに不釣り合いなピンク色のエプロン。動物の絵柄が入ったやつもある。
間違いない、以前侵入した盗賊団の面々だ。
「ここに居たんですかいボス!そろそろ晩飯の時間ですぜ!!」
「ホホ…チビちゃん達が探していましたよ?」
大柄の男達は目の前の少女をボスと呼んだ。
「…ボス?」
「ん?ああ、そうそう。私がこの団のボス!一番えらい人!」
少女は見た目の割に豊満な胸を張った。
「きっひひ!久しぶりにボスがドヤってんナァ…最近ロクに狩りもしねぇでチビ共と遊んでるくせによーォ!」
「メシだけ食ってっと乳だけじゃなくて腹も出ちまうぜ~?」
「ちょーっとゴンズ!デヴォル!あんた達最近生意気じゃない!?」
「ハッハー!ボスが怒ったぜぇ!こえーこえー!」
「逃げろや逃げろぉ!メシだメシィ!」
「こーらぁ!馬鹿にすんなー!!もー…!」
顔を真っ赤にして叫ぶ少女。それをみてもやはり、何も感じられない。
どこからどうみても普通の少女だ。そんな少女が何故盗賊団のボスに…?
それよりやはり気になるのはこの『希薄さ』だ。
「いやあ、騒がしくってごめんね?お客さんって珍しいからさ。」
「…良いのか、食事の時間なんだろう?」
「うん、一緒にいこっか。」
「俺もか。」
「そりゃ当然!この前食べそびれちゃったでしょ?あんなだけどみんなのゴハンとっっっってもおいしいんだから!騒々しいかもだけど是非是非ー!」
「…。この前は会ってないはずだぞ。」
ボスに会ったと言ったが嘘だ。実際は会っていないし、こんな少女だとは知らなかった。よくもまああれで通ったものだとあの時は思ったものだが。
「ずっと観てたからねー。チビ達の監視をすり抜けるなんて、只者じゃないと思ったからさ。」
観ていた、か。少女はずっと笑顔だ。そこに不自然さはない。
「…気遣いには感謝する。しかし俺にはやることが」
「協力、したいんだよね。」
「何?」
「『世界』の秘密、知りたくない?」
少女は、笑顔だ。しかし今度の笑顔は、少しだけイタズラっぽかった。
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