第15話 グランフェリア

『グランフェリア』


かつてこの世界はそう呼ばれていた。


中央大陸を囲うように東西南北に大陸が配置され、文化の隔絶が行われたその世界の裏側には、『魔界』と呼ばれる世界があった。


この『魔界』は、この世界のみならず、数々の世界の裏側に存在する『根源』に限りなく近い空間の呼称だ。


そこには表の世界と同じく文明が存在し、統治するモノが存在した。


それは生命であり、概念であり、空間そのものでもあった。


グランフェリアの『魔界』を統べていたのは生命であった。

数多の世界に幾千と存在する、『魔王』と呼ばれる存在だ。


グランフェリアの『魔王』は、自らの子であり、分身である『魔族』を創り出し、限りなく無に近かった世界を『魔界』として創りあげた存在だ。


もちろん、幾千、幾万の世界の『魔王』もその例外ではなかった。


だが、グランフェリアの『魔王』が異質だったのはその在り方だ。


『人類と魔族が共に歩んでいける正解を創りたい。』


その願いは、『魔王』と呼ばれた存在が持つには異質すぎるものだった。




「だが、そいつは見事にその願いを叶えた。」


銀髪の剣士は、風を切りながら一人続けた。


「人類と魔族は共に歩むべく、お互いの距離を詰め始めていた。」


「少なからず問題は起きた。そりゃそうだ、そもそも発生源が異なる生命同士、姿形も、存在理由も異なる。だから争い合う、当然だ。」


「それでも、そいつは諦めなかった。多くの世界が辿る、『人類と魔族の戦争』という末路を回避するためにあらゆる策を講じた。」


「長い年月の果てに、人類と魔族の距離は限りなく近づいていた。」


「突然前触れも無く発生した『神羅大戦』がそれを白紙に戻すまでは。」


「随分と不自然な話だ。人類と魔族が手を取り合おうとしたその時に、突然現れた『神々』とやらが『魔族』を滅ぼす為の戦いを引き起こした。」


「魔族だけじゃない、力を持った多くの種族をまるで間引くように、『神々』は戦火を拡大していった。」


「そして何も知らない人類はただ巻き込まれ、こう伝えられる。」


『人類を脅かす『羅刹』は、神々が討ち滅ぼした。』と。


「そいつの願いは、そうして終わった。」


「『魔王』は戦いの中で滅ぼされ、『魔族』は消滅に追いやられた。」


「…ならば、今この世界の状況はどう説明する?」


銀髪の剣士は問いかける。答えの代わりに聞こえるのは風の音だけだ。


「滅ぼされたはずの『魔王』はつい最近別の世界からやってきた『魔王』に倒され、その『新たな魔王』によってこの世界は危機に瀕している。」


「…繋がらない。あの時、あの場所で得たこの『情報』は通常の『転生体』に伝えられる情報以上の物のはずだ。」


「だとすれば、あの『座』はその程度の容量しか持っていなかったということか…」


「聞いてみるしかないな、知っていそうな奴に。」



「見つけた。」


銀髪の剣士は、大地へと降り立った。


「うーん??あれ、あれあれあれー?オニーサン今さァ?空飛んでなかった?」


目の前に居るのは、悪魔のような翼と尻尾を持った少女だ。


「お前が本体か、返すぞ。」


銀髪の剣士が投げたそれを、悪魔の少女は三つに分かれた尻尾でキャッチした。

それは割れた緑の結晶体だった。


「あれェ!アタシじゃん!おっかえりアタシ!モグモグんーっ!!相変わらずオイシー!ってちょいちょいちょい待って?これってあそこに置いてきたアタシじゃん!うーわ、あー、これ、わー、すっごい傷ついて傷つけられてヤバーイ!!ちょっとオニーサン!アタシになんてことをー!おこおこだよー!!」


「この魔力の波長、この世界のものじゃないな、お前が何なのか、教えてもらおうか。」


「アタシがナニかって?たっはァー!ウケるウケるマジウケ!このテティスルテュカちゃんにそれ聞いちゃうー?いやァいいけどさーァ?答えよっか答えないっか考え中ぅぅぅ、ぅ、ぅ、う。ピンポーン!!だめぇー!!バツバツバツゥゥ!!」


「噛みそうな名前だな、で、お前は『魔族』なのか?」


「そうだよ?ってわああああ!!!答えちゃったじゃん誘導尋問ってヤツ!?すっごー!オニーサンマジ超すごごー!!」


「なるほど。じゃあ聞き方を変えるぞ。」


銀髪の剣士は、腰に抜き身のまま差した紫紺の刀に手を掛ける。


「お前は、だ?」


その質問に、悪魔の少女は俯いてア、ハ、ハ、ハ、ハーとわざとらしく笑ってみせた。


そして、


「あっはは…あー…。…そう、なのね。」


顔を上げた少女の表情に、銀髪の剣士は少なからず戦慄する。


その顔には、先程までのような狂気の笑みは一切無く。

ただ、見下ろすような、蔑むような、冷たい眼差しがあった。

それと同時に、おびただしい量の魔力が少女から流れ出した。


「これは…虎の尾を踏んだどころじゃない、竜の鬚を引き抜いたか…?」


冷や汗をかくなんて久しぶりだなと、銀髪の剣士は苦笑いする。

正直、『どっちの魔族』なんて言葉でこうなるとは思っていなかった。

ある種のカマかけのつもりが、こうもうまくハマるとは。

しかも、とびきり悪い方向に。


「『ルテュカ』、後は私が処理しておくから、しばらく寝てて。」


悪魔の少女は抑揚のない声でそう言った。


「別の人格…?いや、魔力の質まで変わっている、完全に別物だ。」


「魔力の色が見えてる。そう、あなたもこの世界の人間じゃないのね。」


あなた…?誰の事を言ってる?


「…どうやら、当たりではあるらしいな。」


こいつは俺の知らない『情報』を持っている。

手に入れなければ。

そして、理解しなければならない。


それが多分、この世界での俺の役割なんだろうからな。


銀髪の剣士は、紫紺の刀に手を這わせ、名乗った。


「アッシュだ。別に覚えなくても良い。」


「そう、もう死ぬから関係ない。」


「大丈夫だ、殺しはしない。」


「…あなたが死ぬのよ。」


「遠慮しておく…!」


悪魔の少女は巨大な魔力の球体を幾つも生み出し、銀髪の剣士アッシュは紫紺の刀を両手で構えて気を集中させた。

始まりの合図は無い、だが、膨れ上がった二つの力がぶつかり合うのにそう時間はかからなかった。


その戦いはどうなったのか。


結論からいえばどうにもならなかった。


二つの力が衝突したその瞬間、世界は突然暗転したのだから。


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