第14話 紫銀の探索者

「ここか。」


ハブスヴェンド遺跡跡地。


黄昏と空を侵食する赤黒い雲が混ざり合う時間、鈍い赤光に照らされてその入口に立つのは、銀髪を風になびかせ、腰に抜き身の紫紺の刀を差した剣士だ。


ボルネアの町長が残したレポートに記載されていた『処理場』。

彼が掴んだ情報が正しければ、権力者達の支配に邪魔な者を秘密裏に排除する為、ここへ聖姫一行が向かうように仕向けられている、はずだ。


「奴め、小者のフリをしてなかなか尻尾を掴ませなかったな。だが、こんな情報の塊を残す詰めの甘さはやはり小者か。」


あのレポートの提出先を聞き出したかったが、奴等の秘密会議が行われていたという部屋には誰もいなかった。

情報を漏らした交易商も、協力者ではあったが共犯者ではなかったようで、消えた街の権力者の行方については何も知らないということだった。


だが、あの部屋に残っていた微かな魔力の残滓と強烈な死臭からして、生きてはいないだろう事が予想できた。奴がやってきたことを考えれば同情の余地は一切無いが。


「随分と荒れているが、人か何かが通った形跡がある。それにこの魔力はボルネア近くに残留していたやつと似ている。」


銀髪の剣士は、そう呟きながら遺跡の奥へと歩いて行く。

暗いが、奥に行くにつれて魔石を利用した照明がチラホラと見え始めた。


「東大陸の技術か、確か大陸間での技術取引は禁じられているはずだったが。」


狭い通路を更に奥へと進んでいくと、少しだけ開けた場所があり、巨大な扉が道を塞いでいた。

電気式の巨大な扉だ、剣士の背丈の三倍はある。


「エネルギーまで取り入れているとは、なるほど、ここでキメラの製造を行っているという話は嘘では無かったということか。」


剣士は腰に差していた抜き身の刀を、添えた右手に這わせるように抜いた。


そして、


キィィンッ!!


金属同士が擦れたような音が遺跡通路に反響した。

紫紺の残像が走った金属の扉は、丸くくり抜かれたように奥へと沈み、大きな音を立てて石の床を転がった。


轟音が狭い通路を幾度も反射する。その音の嵐の中、くり抜かれた扉の闇の中から湧き上がるように噴出するものがあった。


『それ』は形となって闇の中から飛び出した。


それは、人間だ。

いや、『人間だったもの』だ。


全身から緑色の結晶が突き出たそれは、六割方人の形を失っていた。

腕は肩口から生えた緑の結晶に場所を奪われて歪に曲がり、膝から生えた結晶が脚の代わりの胴体を支えていた。頭部からは角のように結晶体が数本せり出していた。


それも一体ではない、二体、三体、それぞれまったく違う箇所から緑の結晶体を生やした異形が次々に飛び出してくる。


視認できるだけでも十体を超えたそれらは、一様に同じ意匠の仮面を付けていた。


「『毒蜂キラービー』、こいつらが『処理』の執行者か。いや…だったというべきか。」


この異様な状況でも、銀髪の剣士は怯んでいなかった。流れるような動きで、異形と化した執行者達に向けて紫紺の刀身を翻す。


「そんな義理も無いが、冥土へ送ってやる。かかってこい。」


その言葉が理解できたのかどうか、それは誰にも分からない。

ただ、異形の彼らは次の瞬間、弾けるように銀髪の剣士へと殺到し、そして、分解した。


「ッッ!!??」


発生器官を結晶に潰されていながらも、異形の彼らの喉から驚愕の息が漏れた。


「悪いな、既に斬らせてもらった。」


複数に分割された彼らは、最初に銀髪の剣士が刀を翻した時、既に斬撃が放たれていた事に気づかないまま、死んでいった。

そしてその血飛沫が舞う闇の中から、さらに飛び出してくる物があった。


「本命か。」


暗闇から伸びてきた太い腕による掴みを紙一重で回避し、大木のような腕が引かれる前に肘から先を断ち切った。


「グオオオオオオオ!!」


叫びながら出てきたのは巨大なキメラだ。先程の彼らと同じく、全身から緑色の結晶が飛び出ている。


「…いや、毒蜂キラービーの奴等は侵食されていた。これは侵食というより、融合か。」


各器官が無作為に潰されていた毒蜂キラービー達とは違い、巨大キメラから生えた緑の結晶体は、背中や胸、膝等から鎧のように生えている。


キメラの背から高速で伸びてきた触手の突き刺しを宙返りで躱し、天井を蹴ってその触手も断ち切る。

しかし、キメラの勢いは止まらない。緑色の血を振り散らしながら突撃してくる。


「人工のキメラから魔力を感じる…どういうことだ?この緑色の結晶体のせいか。」


狭い通路を暴れまわるキメラ。石の壁や天井に次々に大穴が開く。


「見境なしか、こんなもの作ってどうする気だったんだ、まるで制御が効いていない。」


キメラは本来制作過程で制御できるように仕掛けを施すのが普通だ。そうでなければ本能のままに破壊を繰り返すただの獣になってしまう。


「まさかそれが目的だとは言わないだろう。」


攻撃を躱しながら、攻撃してきた箇所を確実に削ぎ落としていく。

キメラのスピードは並の人間を遥かに凌駕している。その攻撃を至近距離でかわしつつ、砕かれた石にすらかすりもせずにキメラを削り続ける剣士の技量は計り知れない。


「ボルネアの権力者達が消え、執行者のはずだった毒蜂キラービーがこの状態、そして各地に残る魔力の残滓。…答えは出ているようなものだな。」


噛み付いてきた頭部を胴体から斬り放し、さらにその胴体を両断したところで、キメラは完全にその動きを停止した。

緑の結晶体はボロボロと崩れ始め、キメラの体はみるみるうちに灰へと変わっていった。


「なんて耐久力してやがる、まったく、何度切ったか覚えていないぞ。」


悪態をつきながらも、剣士は無傷だ。

抜き身の刀をそのまま腰に差し、しゃがみこんだ。

山のように積もった灰の中に腕をつっこみ、鈍く小さく輝く緑の結晶片を取り出した。


水晶のような形をしたそれは、中心から少しずれた位置に小さな緑色の光をたたえている。


「微弱だが確かな魔力を感じる。しかし妙だな、これだけはっきりとした形状をしていながら、何故中心に光が無い?」


そういうものだといってしまえばそれまでだが、銀髪の剣士はそれが気になった。


「ふむ…。」


そしてその結晶を持ったまま、右向きにゆっくりと回転していく。

すると、その回転に合わせるように、緑色の光がゆっくりと結晶内を左へ移動した。


「常に同じ向き…いや、方角を指しているのか、コンパスのように。だったらこの先にあるのは何だ?」


そこまで呟いて、剣士は立ち上がり、灰の山に背を向けた。

床に転がったひび割れた仮面を一瞥し、歩き出す。

緑色の光が指し示す方角へ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る