第12話 二つの咆哮 Ⅰ

「『神羅大戦』…?何だそりゃ。」


「かつてこの世界で起きたと伝えられる、神と魔の大戦の事です。」


交易の街『ボルネア』の町長に依頼され、遺跡に向かう道中、ヒロはアイーシャが口にした単語に興味がわいた。


「神と魔の大戦なら『神魔大戦』じゃねーのか?羅ってなんだよ羅って。」


「勇者様、本当に別の世界から来たんですね…。『神羅大戦』の伝説を知らない人なんて居ませんよ?ガーゴイルの私でさえ知ってるんですから。」


イルはヒロの横まで歩いてきてそう言った。


「まだ疑ってたのかよ…俺の世界じゃあ神と魔だけじゃなくて、異世界の侵略者やら、地底から蘇った古代の王やら、とち狂って邪神召喚しちまった狂信者やら、それ絡みの戦争も大戦もあふれかえってたからな。いちいち伝説にする暇もねーくらいによ。」


「争いの多い世界なのですね…。」


「互いに互いを理解できて無さすぎんだよ、あと数千年は殴りあわねーと歩み寄れないような奴らが多すぎてな。ま、だからこそ仕事が多い。『勇者』が必要ってわけだ。」


「なんだか嬉しそうですね…勇者様。」


「それで、なんなんだよ、『羅』って。」


「はい。その大戦は厳密に言えば神々と『羅刹』と呼ばれる集団の大戦でした。」


「『羅刹』?」


「悪しき者たちの寄り集まった集団を指し示す言葉として使われていたようです。魔族、竜族、亜人族、幻想種、不死族、吸血種…かの時代は様々な種族が悪意をもって世界を滅ぼそうとする『負の意志』となった。それを『羅刹』と呼んだそうです。」


「へー。要は『神々の敵』って事かよ。で、人間はどっち側だったんだ?」


「…人は、巻き込まれただけでした。」


「そうか。人が起こす戦争もあるが、巻き込まれることが多すぎるな、人類って奴はよ。だからこそ『英雄』が生まれ、『勇者』が必要になる。ってぇわけだ。」


「確かに…私達魔族に比べ、人はあまりにも弱い…。」


「弱いからこそ、生まれる『強さ』がある。私はそう信じてます。そして、いつか種族を超えて繋がる事だって…ねっ!」


「わあああああ!?いきなり抱きつかないでください!!ピリピリします!気を集中させてないと聖気が!その聖気が!!」


「ああ今!まさに今2つの種族が繋がっています!見てくださいヒロさん!ここから世界を始めましょう!!」


「おー、じゃあ俺も入れば3種族になるんじゃな」

「いえ、ヒロさんはいいです。」

「お前建前ぶっ潰すの早くね?」


「とりあえず!とりあえず離れましょうアイーシャさん!ね!ね!?」


「…ちぇっ。」


「あなた最近聖姫っぽさ無くないですか!?」


「いいんですぅー。私は聖姫である前に『アイーシャ』ですから。ね、ヒロさん?」


「…ああ、そうだな。」


「何良い顔してるんですか勇者様…!」


「話を戻しましょうか。『神羅大戦』ですが、この世界にあふれる大量の『魔素』は、その時生まれたといわれています。」


「『魔素』?なんだそりゃ?」


「ええ…勇者様『魔素』も知らないんですか…?人間が魔術を行使する為に『根源世界』にアクセスする事は知っていますよね?『魔法陣』で『根源世界』にアクセスし、器に満ちる『魔力』にそこから魔素を注ぎ込み、混ざり合わせて力を発現させる。つまり魔素とは魔力の源であり、そのものであるともいえます。」


「あー…つまり俺の世界でいう『マナ』の事か。」


「『マナ』。ヒロさんの世界ではそう呼ぶのですね。」


「ああ、俺は魔法使いじゃねーから良くは知らないんだけどよ、仲間の魔法使いが言ってた話に似てる気がするぜ。」


「では本質的には同じなのでしょう。『魔素』は元々自然界に存在してはいたのですが、『神羅大戦』で起こった神々と羅刹の力の衝突により、膨大な数の魔素が世界に散らばり、大地に、海に、空に浸透したと言われています。」


「世界のあらゆる場所に『魔素』があるという事は、魔法陣無しでも簡単な魔術なら行使可能になったという事ですから、魔素を織り込んで作った護符や、魔法陣と魔素をセットで紙に封じ込めた『魔導書』等はその時から存在しているのだと言われているんですよ。」


「ふーん。でもよ、そんだけ大量のマナ…『魔素』が世界中に飛び散ったなら、もっと世界に影響が出るんじゃねーか?俺らの世界じゃ、噴出した魔素が周りに居た生き物全部魔物に変えちまったって事件があったくらいだしよ。」


「ええ、確かに、膨大な魔素は『命』に多大なる変化をもたらす場合があります。諸説ありますが、神々と羅刹との衝突によって生まれた『魔素』は、何かに消費されたのだと考えられています。この世界に浸透したのはその残滓だと。」


「何か、ね。そのへんは分かっちゃいねーってことか。」


「まあ、このお話自体、伝承に過ぎません。実際に何が起こったのか、それを識る者は恐らく…『神』くらいのものでしょう。」


「神のみぞ知る、ってか。まあいいさ、いつか会うこともあんだろ、その時に何となく聞いてみるさ。」


「神の前に立ったら私、神気で滅される気がします…」


「大丈夫です、イルさんは私が守りますから。例え相手が我が『主』だとしても。この、命に代えて…!」


「わ、わあ…頼もしいです…。」


「そういえば、ヒロさんはこの世界の事はあまり知りませんよね?良ければ遺跡に着くまで色々お話しましょうか?」


「いや、いいわ、知りたくなったら聞くからそれで構わねーよ。」


「あー、面倒くさいと思ってますね勇者様?」


「ったりめーだろ、ありがたいけど俺にはその厚意に応える程の頭はねーからな。多分100聞いて1覚えたら良いほうだぜ。」


「ハイ、まあそうでしょうね。」


「じゃあ言ってくんなよ!?ったく、知識は頭の良いやつが持ってりゃそれで…あん?」



と、丁度山と山の境を流れる川のあたりでヒロは立ち止まった。


「ヒロさん?どうしました?」


「気づいてるか、イル?」


「えっ!?あっ…、は、はい、今!」


「まあ合格にしといてやる。」


「え?え?なんです?」


「下がってろアイーシャ、お客さんだぜ。」


「敵が来ます!!」


「あ、そういうことですか…それではお任せします。」


ササッと木の陰に隠れながらも、アイーシャは感覚強化の術式を唱え始める。

ヒロは背中に差していた両刃剣『竜咬み』を抜き、だらりとした構えを取る。

イルは敵の姿を見てから武器を創ろうと周囲を警戒している。


そしてそれは、一行の正面の山の森の中からこちらの山へと一気に跳躍するように現れた。


「グウオオオオオオオオオオオ!!!!」


「お、大きいですよ!?」


それは一見すると巨大なオークのようにも見えた、しかし、歪に曲がった角があり、二股に分かれた太い尾があり、全身を紫色の体毛で覆われていた、そして何より目を引くのが全身からせり出した緑色の結晶体のような突起物だ。その姿は多数の魔獣を組み合わせてできたキメラとしか言いようがなかった。


「とりあえずぶちかます!!竜鳴轟爆波ドラゴニックブレイザー!!」


砲弾のようにこちらへ着弾しようとするその巨体めがけて、ヒロの闘気の波動が放たれる。それは正面からキメラに直撃したかに思えた、しかし、


「ガウウッ!!」


小さく吼えたキメラは空中でいきなり右に姿勢制御を行い、闘気の塊を回避した。


「野郎、ちったぁ賢いみてぇだな!!」


ヒロの声の後、木が無理やり引き抜かれるような破壊音が鳴り響く。


「尻尾を木に絡ませて…無理矢理移動したのですね…!」


感覚強化により常人を遥かに超えた視覚を得たアイーシャは、遠目からでもその尾が伸びて木を絡め取る動作が見えていた。


ドォン!


という爆発音にも似た着地音の後、キメラはその大木のような腕を地面を抉りながら振り上げる。


バゴォン!!


再び爆発音が響き、土煙が空へと打ち上げられると同時に、砂礫が弾丸となってヒロとイルへと襲いかかる。


「なめてんじゃねえぞ猿野郎!!もっぺんいくぜぇ!!」


ヒロは再び闘気を広範囲へと放ち、自分の前に迫った砂礫を砕く。


形態変化モードチェンジ、『重槍兵ヘヴィランサー』!!」


イルは岩石で作った大盾を構え、大量の礫に盾を削られながらも砂礫をしのいだ。


「きゃああああ!!」


アイーシャの居る木まで届いた砂礫の弾丸は、隠れていた木に勢い良くぶつかり、激しい音をたてる。


「この距離でこの威力ですか…!」


ヒロは砂礫と共に走ってきたキメラと接敵していた。

眼前に迫るその巨体は、オーク、ゴブリン、ミノタウルス、どれとも微妙に似ていない。その太い脚が地面を踏み砕く度に地鳴りが起きて山全体が震えているように思えた。


「マジで居たのかよ。だがなんだっていい、ぶった斬る!!」


ザンッ!


正面衝突する直前、ヒロはキメラの太い腕の隙間を通り抜けるように脇腹を斬り裂いた。


「グオオオオオオ!!」


痛みがあるのかないのか、咆哮をあげながらも速度は落ちないまま、後方のイルへと突撃していく。


「イル、いったぞ!!」


ヒロもすぐに転身して後を追う。

しかしその眼に映ったのは、槍を構えたまま硬直するイルの姿だった。


「あいつ…!!」



イルは、自分の体が言うことを聞かない事に焦っていた。

目の前には緑色の血を流しながらも迫ってくるキメラが居る。


(どうして…動けないの…!?)


盾を引き、槍を構えなければ。

そうでなくとも、何か行動を起こさなければ。

それなのに、腕は盾を構えたまま、体は隠れたまま、動けない。


(なんで…なんで!!)


恐怖。

イルを支配している感情の正体だった。

戦闘経験は浅く、新しい力を実戦で試すのは今が初めて。

それでもやれると思っていた、戦えると思っていた。


だが、戦場は心を蝕む場所。戦う力が合っても、それを振るう精神力が無ければ意味はない。

圧倒的な力が迫ってくる、自分を、殺すために。


(死…死んじゃう…私…死…)


何をしにきたんだろう、こんな所へ。

戦えると思って、何かを救えると思って、来たのではなかったか。


今分かった。

死の際に理解する。

私は、弱い。どうしようもなく、弱い。


だから、魔王様あの方を守れなかったのだ。


迫りくるキメラは止まらない。ヒロは間に合わない。

そして自分はこの後すぐに、ぐしゃぐしゃに潰されて死ぬ。

石像に変身したって、粉々に砕かれる。


何も出来ないまま、死ぬ。

…本当、一体何をしにきたのだろう。


涙も、流れないなんて。


もう目の前に迫った死の象徴に、イルはその瞳を閉じかけ―――――。



「…え?」


閉じかけた瞳は見た。地面から伸びる無数の光のイバラを。

そしてそれは、高速で突進してきたキメラを大地に繋ぎ止めるように絡みつく。

イバラの幾つかは引きちぎれ、霧散する。しかし、それはどんどん数を増していく。

大地はめくれ、割れ、砕けるが、キメラの猛進はイルの眼前で止まった。


「え…?あ…?」


「…命に代えても守ると、そう言ったんです。」


その声は、後方から聞こえた。

息は荒く、声は小さいが、力強く、凛々しい。


「あ、あ…アイ…シャ…さん…!!」


「どうです…?惚れ直しましたか?私だって…これくらいやれるのです…!」


気丈に振る舞っているが、脚は震え、今にも膝を着きそうだ。


これだけの質量を受け止める術式を構築したのだ、その負担は想像もつかない。


あのアイーシャさんが…?

と、思ってしまった。

心のどこかで、戦力にはならないと思ってしまっていた。

自分のことは棚に上げて、聖姫だから戦えないなどと、思って…。


それなのに彼女は、こんな細い体で…戦ったこともないはずなのに、私の為に…。


怖くて動けずに、諦めて死を受け入れてしまっていたこんな私の為に…。


私は、何を、やっているんだ…!!!



「私の…馬鹿ぁぁぁぁっ!!!」


それは咆哮だ。喉が張り裂ける程に、イルは吼えた。


ヒロは走ってこちらに来ている、ここに来れば彼がキメラを倒すだろう。


「そんなの…駄目だ!!」


私が…やるんだ!!


形態変化モードチェンジ、『舞姫ソードダンサー』!!」


イルが岩石で創った双剣を構えたのと同時、キメラは鎖から解き放たれた。

アイーシャが気を失ったのだ。


「グオオオオオオオ!!」

「うあああああああああああああ!!」


二つの咆哮は重なり、そして、超至近距離での削り合いが始まった。


大木のような腕を次々に振り回し、真空を幾つも生み出しながら乱打を仕掛けるキメラに対し、イルは鋼よりも硬化させた双剣で踊るように―――いや、暴れるようにキメラの胴を、脚を、顔を、腕を斬り裂いた。


触れれば肉がえぐり取られるような一撃が高速で打ち込まれる、生み出された真空が頬を、脚を、腕を切り裂き、無数の傷から血が滲む。


それでも、それでも、それでも、イルは自分が許せない。


こんな方法でしか戦場に立てない自分が許せない。


弱い自分が許せない。


だから、だから、だから、


「だからぁっ!!!」


この死線を乗り越える!自分の力で!!


狂気でも、無謀でも、暴走でも、何でも構わない。

私には何もかもが足りない、だから、戦場ここに立つ為なら、へ進む為ならなんだって利用する。

そう、その為ならば、


「キメラ《あなた》も、踏み台にする…!!」


「グギャアアアアアア!!」


キメラの動きが鈍る。何百と傷を負い、緑色の血はもはや決壊したように吹き出している。

押し切れる。そう思った直後、


ドスッ!!


「うくぁっ…!?」


突然肩に衝撃が走り、鮮烈な痛みが押し寄せてくる。

見れば、緑色の触手がキメラの背から伸び、錐のような先端がイルの肩に突き刺さっていた。


「…ありがとう…!!」


「グオオッ!?」


「この痛みさえ…私の糧にするっ!!」


ドズウッ!!


「ゴアアアアアアアアァァァ!!??」


双剣を創り変えた巨大な槍がキメラの胸を貫いた。


形態変化モードチェンジ…『重槍兵ヘヴィランサー』ぁぁあああっ!!」


グシュッという音とともに、緑色の触手を肩から引き抜く。

岩石を纏った腕で触手を引きちぎり、力任せに引き抜いた槍でキメラの下顎を突き上げた。


「ゴギュウウウ!?」


「たおれろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


突き刺した槍を放し、岩の腕で石突をさらに殴り上げた。

槍は下顎から頭頂部へと貫通し、キメラその動きを完全に停止した。

まるで糸が切れた人形のように、断末魔さえ上げず崩れ落ちた。


「はあ…はあ…っあ…は…」


キメラの体は急速に劣化し、灰色の塵へと変わっていく。全身から生えていた緑色の結晶体は光を失い、ボロボロと崩れていった。


「は…、ハア…アイ―シャ…さ…」


瞬間、張り詰めていた気持ちが一気に緩み、痛みと気怠さが襲ってくる。


「あ…」


脚から力が抜け、落ちるように倒れる寸前、受け止められる。


「ゆう…しゃ…さま…」


「一時はどうなることかと思ったけどよ、すげぇじゃねぇか。俺もついつい見入っちまってよ、助太刀する間を逃ししまったぜ。」


「アイ…シャ…さ…」


「あいつなら気絶しただけだ。そのうち目を覚ますぜ。にしても驚いたな、アイーシャがあんな事するなんてよ。まあそれも今はいいや、とりあえず今は休め。」


ヒロは、イルを抱いた腕で彼女の頭にポンと触れた。


「よくやったな。」


「…ッ!!」


ようやく流れた涙は、彼女が泣き疲れて眠った後もしばらく彼女の頬を濡らしていた。


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