第13話 二つの咆哮 Ⅱ

「さてと…どっかの木陰にでも寝かしといてやるか。」


泣き疲れて寝てしまったイルと、力を使った反動で気絶してしまったらしいアイーシャを両肩に抱え、ヒロは一本の大木の元へと歩いてきていた。


「よっと…。まったく、頑張りやがって。」


へへっとヒロは笑いながら呟く。


「ゆっくり休めよ、これはお前らが勝ち取った時間なんだからな。」


死力を尽くし、何かの為に戦い、そして掴んだ勝利。

それが何よりも糧になることを、ヒロは知っていた。



と、その時だ。


木陰で眠る二人の前に立つヒロの遥か後方から、何か、異様な気が感じられた。

それも一つではない。複数の気が山の中を高速で近づいてきている。


「…はー。」


ため息一つ、ヒロは振り返り歩き出す。


その気の正体は、邪気。

ヒロの視線の先には先程イルが倒したのと同じようなキメラが五体、森の中から飛び出してきていた。

全身から緑色の結晶体を生やしているのは同じだが、それぞれ合成された獣の種類が違うようだった。


「何水差しにきてんだ?」


ズシャアッ!!

と、ヒロの両刃剣『竜咬み』が彼の前の地面に大きな溝を作る。


「テメェ等に猿程度の知能が残ってんなら理解しろ、このラインを越えたら殺す。まあ越えさせねぇが。」


そして軽いステップでその溝を飛び越え、言う。


「どっちにしろ、あいつらの時間を邪魔する奴は殺す。」


瞬間、ヒロの全身から紅の闘気が吹き出す。それはまるで空を焼くかのような、炎だ。


キメラ達は気づくだろう、生物的に、能力的に、種族的に、明らかに格上の相手が目の前に居るという事実に。

そしてキメラ達は、気づいていなかった。

いつの間にか、自分たちがじりじりと後退していたことに。

闘争本能だけしか残っていないはずの遺伝子に、新たな感情が芽生え始めていることに。


それは、一度は消え去ったはずの感情


「消えろよ、化け物共。」


恐怖だ。












風が頬を撫でる感触で、イルは眠りから目覚めた。


「ん…、私…?」


「よお、起きたか。」


「勇者…様…?」


「イルさん!!」


「わっ!」


目覚めたイルは、抱きついてきたアイーシャを受け入れた。


「良かった…」


「アイーシャさん…ごめんなさい…私…」


「良いんです…イイとこ、見せられましたから。」


「…もう…。」


イルは、アイーシャを抱きしめた。


「あっ、イルさん…私、聖気が…」


「良いんです…私を守ってくれた力なんですから…。」


「イルさん…!!」


「おーおー、超良い笑顔だなオメェ。良かったのは良かったけどよ、なんだかんだ時間くっちまったな。さっきの奴等がオッサンの言ってたキメラだとしても、まあ残りがいねーか確認しねーとだよなー。」


「勇者様、今、奴等って…?」


「ん?ああ、いや、奴な、奴。」


「?」


「んなことより、遺跡に急ごうぜ。もう十分休んだろ?何なら二人共抱えていっても良いぞ。」


「な…何言ってるんです!歩けますよ!」


「そうです。殿方に荷物のように抱えられるなど、聖姫としては認められません!」


聖姫じゃなければいいのかよ。


「ふーん…まあ、うん。ならいいけど。」


「…勇者様なんですかその顔は?」


「なんでもねーよ。じゃあ行こうぜ、一応警戒しながらな。」


そういや、意外にイルよりアイーシャの方が重かったなーなんて、コレ言ったら駄目なヤツだよな多分。


とか思いながら、ヒロは歩き出す。

手に残った何かの塵を静かに払いながら。

















「ふーーーーーーーーん???????」


誰もいない山の中で、テティスルテュカは先が三つに分かれた悪魔のような尻尾を振りながら地面を見つめていた。

そこには灰色の塵と、光を失った緑色の破片が残っていた。


「あったあったーみーっけたっと。それじゃあ、おっかえりなさーい☆」


塵の中から拾い上げた小石程の大きさの緑色の破片を口に放り込み、飲み込む。


「んーーーーー!!あたしったらやっぱオイシー!!甘露ってこれのことねー!!ってかァ、なんでこんなとこで死んでんのこのコ。おっかしーなァ、あたしを一欠片食べてたんだし、けっこー強かったと思うんだ、け、どーぉ?ん?んんんんんん?なーんか別の味がするー、なんだろーこれ、魔族?お仲間?ん?お、おおお?コレ、コレってアレじゃん!!あっは、こぉんなところに居たの!コレって『マスター』が探してたアレのアレじゃーん?んー、つっ、まっ、りーぃ?クロちゃんをヤったってゆー奴とー?聖姫ちゃんとー?アレがー?一緒にー?この辺にー?居っるーーーーー!!ヤバーイ!超ウケ!!マジウケ!はー、じゃあもうえっとどうしよ、あの遺跡に仕込んできたアイツ等もういらないじゃん。オジサマ達のプランより、もーっとおもしろそうなこと起こせそうじゃん!あーイラネイラネ!もうどうでもいいやー『マスター』に連絡しーよおっと!!」


先が三つに分かれた尻尾をパタパタさせながら、ニーソックスの中から通信端末を取り出すテティスルテュカ。


「もっしもーし『マスター』?テティスルテュカちゃんでっす☆ねえねえ褒めて褒めて褒めちぎっちゃって?ちぎって潰して飲み込んじゃんってー!ねぇ聞いてよ『マスター』あたしさー、見っけちゃったんだよねー!!」


テティスルテュカは、耳まで裂けるような笑みを浮かべて、


「『魔王アイツ』の因子をさーぁ?」


そう、言った。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る