第10話 穢れの街

「なるほどな、やたら前置きは長かったが、話は大体わかったぜおっさん。要はその盗賊団とやらを俺達がぶっ潰せばいいんだな?」


「おっさ…コホン。ええ、ええ、その通りで御座いますとも、お引き受け頂けますか?」


交易の街『ボルネア』

未だ晴れない空の下にある大きなこの街に、ヒロ達一行は辿り着いていた。

今は一泊した翌朝で、場所は五階建ての宿の一階ロビーだ。

豪奢な飾り付けがこの宿のグレードを物語っている。


「勇者様、町長さんに失礼ですよ…?」


「わかってるって。良いよ、受けるぜその依頼。困ってる人たちを助ける、それが『勇者』ってもんだ。」


「いやーさすがは聖姫様御一行!さすがは勇者殿!この大陸の各地に青空が戻ってからというもの、何故この街だけという思いがあったのです…。我々の街にもどうか、どうか光をもたらしてくださいませ!」


町長は両の手を合わせて頭を下げている。その光る頭に映ったイルが、隣のヒロに耳打ちする。


「…良いんですか勇者様?大体、盗賊団が古い遺跡でキメラを製造しているなんて、そんな話あると思いますか?」


「行って確かめりゃ良いだろ?それにこの街の上に溜まってる赤黒い空、魔族の影響が残ってるって事だろ?大体その盗賊団とやらが人間かどうかも怪しいからな。それに、あんな超VIPルーム3つもタダで使わせてもらってんだぜ?借りを作るのは嫌いなタチなんだよ。勢いでメシもタダにしてもらったしな。」


「それは勇者様が…。いえ、まあ確かに…調べてみる価値はありそうですね。盗賊団を討伐できればこの先ずっと部屋を無料で使っても良いって言っていましたし、何より3つ部屋が確保できるのは良いことです!!」


「お前やけに元気だな、昨日はよく眠れたのか?」


「はい、久しぶりにバッチリ快眠です!」


「ハッハ!そりゃあ良かったな!!」


「…はあ。」


とても元気なイルの後ろ、壁に寄りかかるようにしてかろうじて立っているのはアイーシャだ。彼女のため息がどんよりとした空気となり、聖気と反応して暗い陰を作り出していた。イルと同じ部屋になれなかった時から、つまりは昨晩からこの調子である。


「それでですな…勇者殿。できれば今日中に討伐へ向かって頂きたいのですが…。」


「随分急ぐな、なんでだ?」


「いっ、いえ、あの…それは…一刻も早く住人達を安心させたい…私はそう強く願っておるのです。この街はこの大陸の商業の拠点…大陸の復興を早める為にも、この街の機能を正常にする必要があるのです…!」


「はーん。まあ、オッサンがそう言うならそれでいいけどよ。良いよな、アイーシャ?」


「…」


「アイーシャ?」


「…え?なんですか…?」


「聖姫様…?昨晩より随分お顔がアレですが…何か不便がありましたでしょうか?」


「いえ…不便は…ありません…とてもいいお部屋でしたとも…ええ…」


「そ、それはありがとうございます…。」


「特に問題無さそうだな。それじゃ昼から出かけるから、弁当用意してくれよな!腹が減ってはなんとやらって言うだろ?」


「はっ?弁当…?え、ええ、よろこんで…!」


「あ、勇者様、私サンドイッチが良いです。」


「わかった。オッサン、サンドイッチもな!俺は肉多めで、アイーシャは…まあ適当に野菜詰めといてくれればいいわ。」


「え、ええ…よろこんで……!」


引きつった笑いのまま、町長は近くに居た従業員の女性に指示を出し、奥の部屋へと引っ込んでいった。


「さてと、俺らも部屋に戻って支度すっか。」


「そうですね。帰りましょう、の部屋へ!」


「はあ…。」


そして三人はそれぞれの部屋へと戻っていった。




「…聖姫達は部屋に戻ったようだな。」


町長が引っ込んだ奥の部屋には、街の有力者達が集まっていた。

宿の支配人、商業組合の元締め、物流会社の社長など、この街を支える人物たちだった。


「弁当だと…?ふざけおって…!こちらが下手に出れば次々と要求を出してきおる…あの若造め…!」


「ふむ…。それにしてもまさか、あの聖姫アイーシャが現れるとは…思ってもみませんでしたな。」


「そうだな、しかし、アレ以上に高く売れる人間はおらんよ、最高の商品が向こうからやってきたと考えれば良い。」


「…なあ、本当にやるのか?相手は聖姫一人じゃないんだぜ?」


「ハッ、あの勇者とかいう若造の事か?この大陸から魔族を追い出したというが、余計な事をしてくれたものだ。案ずるな、今日中には始末する。」


「ですね、我々の仕事を魔族の仕業にみせかける事が難しくなる。」


「最近では奴らの勢力も弱まる一方だ。だから盗賊団とは、町長も考えたものですな?」


「嘘は言っとらんよ。実際、この付近に賊が居ることは確かだからな。まあ、調べたところ廃村や遺跡を漁るだけの腰抜け共のようだが…。どちらにせよ賊は賊だ。我々の秩序からはみ出した奴らのような犯罪者共には、この際役に立ってもらうとしようじゃないか。」


「それで。聖姫の買い取り先はどうなっている?モノがモノだ。いつものブローカーでは信用に足らんだろう?」


「そう思いましてね、西大陸の裏社会でふるいにかけているところですよ、この大陸だと彼女は神にも等しい存在、信仰とは厄介なものですからね。あちらなら聖姫信仰もそう根深くは無い、無駄な詮索をされなくて済みますよ。」


「どちらにせよ好機だ。聖姫を売って資金を集めれば、我々の街がこの大陸の首都になる事も夢ではない。希望の象徴には、我々の希望そのものに成り代わって頂くとしよう。」


「これで東大陸の最新兵器を仕入れ、魔族に対しても大きな抑止力を持つことができますな。もちろ、他の街の人間にも、ですがね。」


「ハハハ、その通りだな。そういえば先日その賊の討伐を依頼した剣士はどうした?数日前にはでかけていたはずだが?」


「帰ってきていませんね。あれから何の報告も無い、返り討ちにあったとみて間違いないでしょう。」


「妙な空気を感じたから警戒してみたが、腰抜け盗賊団ごときに殺されるような輩ならば、心配することもなかったな。しかし、に動いていられると後々面倒だ、裏ルートで暗殺者でも雇って潰させねばな。」


「ホッホ、害虫駆除は我々の仕事ですからなあ。明日にでも依頼をかけて潰させましょう。その後は我々の方で架空の盗賊団を捏造する方向で…。」


「とにかく、聖姫共が遺跡に入ったら、いつもの手筈で処理をするぞ。毒蜂キラービー共は待機させてあるのだろうな?」


「抜かりなく。私たちはいつものようにワインでも飲んで待つとしましょう。」


「フフ、はやるでない。縛り上げた聖姫を肴に、乾杯でもしようじゃないか?」


「それはまた…良いですなあ?」



その時だった。


『なーんか、たのしそーなことやってんじゃーん?』


下卑た笑いの充満する部屋の空気を切り裂くように、その声は突然響き渡った。


「な…誰だ!?」


『イイ感じの邪気出してたからちょーっと見に来てみ・た・らぁ?まさか魔族おなかまじゃなくて人間とはねぇ?オジサマ達、チョイワルならぬチョーワルってヤツ?』


「子供…?なんで子供の声がするんだ!?誰だ!どこにいる!」


『…子供?アァ?誰に向かって言ってんのォ?』


ずきゅるっ


と、恰幅の良い腹から緑色のきりが飛び出す。

その先端には、赤いぬめりと白い脂肪のついた臓物が突き刺さっていた。


「おぎょあああああ!?」


『ダメでしょクソオジサマァ?こぉんなレディーに向かって、子供とか!ガキとか!貧乳とか!!言っちゃ!!ダメでしょ!!?ねッ!?ねェッ!?』


ずきゅるっ ずきゅっ くしゅっ ぶちゅっ じゅぐっ


次々に生えてくる錐には、どれもこれも白く肥大した臓物がぶら下がっている。


「おっ、ぽがっ、あえっ、きょごっ、ぎょっ」


「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」


『デリカシーって知ってる?あーあー、サボテンみたいになっちゃったわー。でもイイ感じだわぁ、やっぱ太った中年が一番グロくてイイオブジェになるものー。生きてた時よりカッコイイゾ☆』


「死、死んだ…!?だ、だれだぁ!?姿を見せろ!!」


その部屋に居た男達は6名。既に1人醜いオブジェと化したので残り5人。

男達は怯えながらも隠していた武器や魔導書を手に取った。


『ナニソレ。ウケルー。そんなもんで魔族あたしとヤリあえると思ってんのー?」


ア、ハ、ハ、ハ、ハ、ハーと、わざとらしい笑い声が響く。


「魔族だと…?どうしてこんなところに…!何故貴様のようなやつがぺっ!?」


短刀を手に叫び声をあげた中年男性の口から緑色の錐が突き出し、正面に居た初老の男性の頭部までまとめて貫いた。


『ウッサイから二枚抜きねー。理由ねー、まあ無いわけでもないけどさー。教えてアゲなーい。オジサマ達ィ、もう喋らなくてイイよ?悲鳴こえがさぁ、チョイ好みじゃないんだよねェ、まあぶっちゃけ全員殺すし。有罪よ、ゆうざーい!なんか色々ウチらのせいにしてたみたいだしさーあ?償って?贖って?とりあえずおもしろおかしく死んでみて?』


「ひ、ひいいいいいい!!」


恐怖のあまり武器を捨てて出口に殺到する男達。しかし、


バグンッ!


と、突然ドアに現れた大きな口が、最初に辿り着いた男の前半分を噛みちぎった。

ごきょりごきょりと、不揃いの歯で咀嚼する度に、血が絨毯と後続の二人に降りかかる。


「あああああああ!あああああああああああああああああああああああ!!」


錯乱して床の武器を振り回す二人の男。周りが見えていない二人は、やがてお互いに近づき、


バキグシュッ


お互いの頭を、メイスと棍棒で叩き割った。


音の割に少ない血と脳漿があたりにぶち撒けられる。


『うーわ超シラけるー。はーあ、おもしろくなーい。邪気を生成しちゃう程の人間ならおもしろいかなーと思えば。コレ、だけって事じゃーん。まあでもぉ?』


にゅるり、と、中年男性の口から生えた緑の錐が形を変え、一人の少女が現れる。

その背には小さな翼と、先が三つに分かれた尻尾が生えていた。


「不肖このあたし、『テティスルテュカ』ちゃん様がー、クソオジサマ達の素敵なプランー?引き継いでアゲてもいいかなーって?」


少女はニィィッと、笑みに口を引きつらせる。


「テティスルテュカ監督の新たなシナリオにィ、ご期待くださいませェ。…なーんってネ☆」


ア、ハ、ハ、ハ、ハ、ハーと、わざとらしい笑い声が響き。少女は再び緑の錐になり、床へと沈むように消えていった。

同時に、男達の死体も、扉の口も、緑の錐だらけのサボテンも、全て消えてなくなった。


後には、不気味な静けさだけが残された。








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