第9話 晩餐の来訪者
打ち捨てられた神殿に明かりがともっていた。
周りを山に囲まれた森の中。
信仰の象徴であったかつての熱とは違う、こもるような熱がそこにはあった。
盗賊達の晩餐である。
「へっへっへ…今日は上質な猪の肉が手に入ったぜェ…こいつを…こうだ!」
顔に複数の傷を持った大男の雑な包丁さばきによって、分厚く脂肪の乗った肉が。不揃いに切られていく。
「ヒョー!いい具合に脂が乗ってやがるじゃねえか!こいつを仕留めたのはどいつだ?」
「ゴンズの野郎だぜ、奴の弓の腕は一級品だァ。ま、次は一発で仕留めるように言っとかねェとな?こう傷が多いと傷んで食えねぇ部分が出てきやがるぜェ。」
「ホホホ…待ちなさいガドベオ、傷んだ肉も使いよう、このアタクシの秘伝のタレにつけて、三日乾燥させれば良い干し肉になりますよ。」
「そいつぁマジかよォマローニ!?そんじゃあこいつはテメェに任せるぜェ!」
「ホホホ…期待していなさい。命を奪うのならば有効活用しないといけませんからねぇ、頭から尻尾まで、活用しないとバチが当たりますよ。」
「ガハハ違いねェ!オォイ!サラダの用意はできてんのかァ?」
「デヴォルが良い草を詰んできやがった、うまくやりゃあ薬草にもなるぜ?」
「あの野郎狩りに顔出さずにチョロチョロしてやがると思ったら!やるじゃねえか!」
「こりゃあ今夜はご馳走になるぜ?ボスも喜ぶだろうさ!」
「おっしゃ野郎共!仕上げに取り掛かるぞ!」
「ヘェッへ!ヨーソロー!!」
廃村から調達したピンク色のエプロンを纏って盛り上がる屈強な男達。
もちろんマスクと帽子も装着済みである。
『食品衛生には十分注意しろ』は盗賊団の今年のスローガンだ。
昨年はそのへんに生えてある草をそのまま食べたり、動物の肉の調理も適当に火を通しただけだった。そのおかげで食中毒が団に蔓延し、危うく崩壊しかけた経験がある。
二の轍は踏まないのが盗賊だ。
「く~~~ッ!うまそうな香りだァ!デボダの酒をチョロまかして入れてみたんだが、最高の仕上がりだぜこいつぁよォ!!」
「ほう?少し味見をさせてもらっても構わんか?」
「お?なんだオメェさん、新入りかよ?見ねぇ顔だがよ。」
「ああ、ついさっきこの団に迎え入れてもらった新参だ、よろしく頼む。」
「見たところ剣士みたいだが、ボスからはまだ聞いてねぇな。ま、いいか!ほらよ!飲んでみな!」
「…。これは…隠し味にヤルポネキスカの種を使っているな?」
「分かるのか!?」
「まあな、この芳醇でいてほのかな辛味がその証拠だ。しかし、良い腕をしているな、ヤルポネキスカの実はすぐに酸化して味と香りが落ちてしまう。ここまでの仕事はなかなかできん。」
「トーゼンでっせ!オイラ達料理担当は妥協をしらねェ!美味い飯を食って良い仕事をする、それがオイラ達盗賊団のアレよォ!」
「ガーハッハ!『流儀』だろォがよぉペペェ!オメェ腕は良いが頭は相変わらずゴブリン並だなぁ?」
「言ってろ畜生ォ!オォイ兄ちゃん、こっちのヤツも食ってみな、ここいらの川で取れる魚をアレしたアレだからよォ!」
「フッ、頂こう。」
「にしてもよぉ兄ちゃん、女みてぇな髪してんのに、物騒なもんぶら下げてんなぁ?」
確かに。ペペから渡された川魚のムニエルを箸で綺麗に割り、木の実のソースを絡めて口へ運ぶその男の銀髪は、月の光に照らされて美しく輝いていた。
そしてその腰には、抜身の長刀がぶら下がっていた。
その刀身は紫紺。まるで夜が溶け出したようだった。
「ホホ…これは美しい…。かなりの業物とお見受けしますよ。」
「気をつけな、こいつは妖刀だ。バッサリいかれても責任は取れんぞ。」
「ホホ…怖い怖い…確かに、妙な気配を感じますねぇ。」
「ああ、だが、悪いヤツじゃなさそうだぜぇ。」
なあ?
おう。
と、うなずき合う盗賊達を見て、銀髪の剣士は口元を緩ませる。
「なるほど、よくわかった。」
「あん?どうしたい、兄ちゃん?」
「いや、なんでもない。ご馳走になったな。少し夜風に当たってくる。」
「オイオイ、メシに遅れんじゃねーぜ?腹ァ空かした野郎共が待ってんだ、すぐにペロリといかれちまうからよぉ!」
「ああ、分かってるさ、遅れて食いっぱぐれても文句は言わん。」
「気ィつけな!最近は大人しいが、魔物も出るかもしれねぇからよ!」
銀髪の剣士はうなずき、森の中へと入っていく。
夜の山道を歩き、賑やかな声が遠くなってきた頃、口を開いた。
「良い団だな。」
「…。」
闇は、沈黙している。
「お前達、ずっと見ているな?俺があの場に現れた時から。」
そう、銀髪の剣士は、突然現れた。
闇は、それを見ていた。
「安心しろ、彼らに危害を加える事は無い。その必要は無くなった。」
闇は、沈黙している。
「それじゃあな、機会があれば、一緒に酒でも飲みたいものだ。」
闇は、団とは違う方向へ歩いて行く剣士の背中を見ていた。
その気配が警戒領域を出た時、闇は沈黙を破った。
「…気づいていたね、あの男。」
「そうね、しかも私達二人に。気に入らないわ。」
「ボスに報告する?」
「アイツが気づいて無いわけないわ。それより、なんだったの、アレ。」
「何かを探りにきてた風だったね。」
「まあどうでもいいわ、私達の家族に手を出さない限りは殺す必要も無い。」
「…殺れたかな、僕達に。」
「当然でしょ?…確かに、めんどくさそうなヤツだったけどね。」
そして闇は、再び沈黙する、
夜に溶け込み、感覚の網を張り巡らせる。
今夜はもう、誰も通さないと。
二匹の蜘蛛の網の外。
整備された山道を歩く者たちが居た。
「さっきの立て札が正しけりゃ、この先に街があるんだよな?」
「はい。商業で栄える街で、宿泊施設もたくさんあるはずです。今日はそこで休みましょう。」
「はい!はい勇者様!部屋は3つとりましょうね?ね!?」
「そうは言うけどよ、そんな余裕あんのかよ、アイーシャ?」
「ありませーん☆」
「元気ですよねアイーシャさん!?疲れたからおぶってくれって言いましたよねさっき!?しかも私に!」
「ええー、だって、殿方のお背中におぶさるなど…私これでも『姫』なので…」
「姫は勇者様の背がお似合いだと思いますけど!?私魔族なんで貴女の聖気でさっきからすごくしんどいんですけど!?あとなんかやたら腕を絡めてくるのやめてください歩きにくいですけど!」
「ま、部屋は俺とお前らで2つで良いだろ。」
「賛成です!」
「勇者様あああああああ!」
「フフ、今夜も一緒に寝られますね、イルさん!」
「なんなんですかこの人会ったときよりやけに距離感近いんですけど!?」
「お前ら仲良いよな。」
「ですよねー!」
「なんなんですか貴方もー!?」
「へっ…」
なんだかよくわかんねーけど、良い顔するようになったじゃねーかよ、アイーシャ。
「なに意味ありげに笑ってるんですか勇者様…アイーシャさんに何かしましたね…?」
「なんもしてねーよ、なあ?」
「ええ?もちろんですとも。」
「前者はマジで後者は完全に嘘ですね…?もー何があったっていうんですー!!」
夜の山道を、賑やかな三人組が歩いて行く。
その先にあるのは交易の街『ボルネア』。
未だ残る赤黒い空の下にある街だった。
雲の切れ間から覗く銀の月がほんの一時だけ照らした山道を、銀髪の剣士は歩いていた。
「盗賊団は白、だとすれば、奴らが黒というわけか。どこまでも業の深い生き物だな。…ん?」
立ち止まり、気を研ぎ澄ます。あたりの空気が張り詰め、鮮明になっていく。
「『魔素』…邪気に汚染されているな。この先は―――『ボルネア』か。」
森の中から、森の中へ。暗く澱んだ魔素の流れを視認することができた。
「この穢れ、並の魔物じゃこうはならん。『魔族』…しかも相当高位の存在か。これは、少し様子を見る必要があるな。」
月が闇に覆われる前、銀髪の剣士は街と逆の方向へと歩いていった。
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