第8話 神の呪い

「そういや、大分青空が広がってきたな。」


宿屋の前、小さな湖のほとりに設置された椅子に寝転がりながら、ヒロはそう言った。


「旅の商人に聞きましたが、各地で凶暴化していた魔物達が討伐されているようです。あの黒い騎士を退けたおかげで、魔物達の勢力はかなり弱まっているようですね。」


応えるのは木の机でハーブティーを飲むアイーシャだ。


「でもよ、あのへんはまだ大分暗いな。」


北の方角だ。広がりつつある青空と明確に境界ができている。


「ええ…、あの方角には港町があります。そこから別の大陸に移ろうと思うのですけど…」


「ああ、あの黒いのも晴らしてからじゃねえとな。」


へへっと、ヒロは楽しそうに笑った。


「貴方は…怖くはないのですか?」


「怖がりそうに見えるか?」


「ふふっ、いいえ、全く。」


「何だそりゃ。勇者が敵を怖がってちゃ話にならねぇぜ。あいつも頑張ってることだし、全部ぶっ倒して進もうぜ。」


「ええ、そうですね。」


二人が見つめる先、湖の上には岩の翼を生やしたイルの姿があった。

イルは新しい力を更に発展させるため、翼と武器を同時に生成し、浮遊しながら戦闘を行う訓練をしていた。


「はあ…頑張り屋さんですねイルさんは…一生懸命で、一途で、なんて可愛い…」


「強くなりてぇってモチベがある時にはとことん経験値積んだ方がいいんだ。一気に伸びるからな。」


「あの、気になっていたのですが、ヒロさんはイルさんとどういう関係なのですか?」


「別にどうってもんでもねぇよ。ぶっちゃけアイツのことはよく知らねぇしな。今の魔王軍の奴らをぶっ倒して、この世界を元の状態に戻したいって目的以外は何も知らねえよ。」


「そ、そうなのですか?」


「目的が被ってるから一緒に居るだけだったけどな、今は助けられた借りがある。借りは絶対返すってのがの流儀だ。返すまでは同行するつもりだぜ。」


「共に行く理由は、それで十分というわけですね。」


「理由なんてなんでも良いんだよ、勇者のパーティってのはそういうもんなんだぜ?」


「ならば、私もご一緒して良いということですね?」


「女の決めたことに口は挟まねぇ、それがの流儀だぜ?」


「色んな流儀をお持ちなんですね、ヒロさんは。」


そんなことを話しているうちに、宿屋の亭主がこちらに歩いてきているのが見えた。


「ここに居たのか、姫さん。」


「あら、お早うございます。朝食の用意でしたらお手伝いしましょうか?」


「はっはっは!いやーまさか聖姫様が炊事洗濯掃除までなんでもできちまうなんて夢にも思わなかったさ。姫さんはよくやってくれたよ、あっちの嬢ちゃんもな。今日発つんだろ?これ、持っていきな。」


「これは…!こんなもの、頂けません!」


「いいからいいから!宿代の代わりに働いてもらったけど、アンタら働き過ぎだよ。こいつはお代を貰いすぎたお返しって事で、な?」


差し出した物をアイーシャに押し付け、笑いながら去っていく宿屋の亭主


「アイーシャ、そいつは?」


「これは神水です。別名『エリクシール』、万病を治し、どんな重症でも一瞬で回復するという幻の…。」


「エリクシールとはな。それのソーダ味飲んだことあるけど炭酸きつくてすぐ吐いちまった覚えがあるぜ。」


「えっ!?炭酸!?しかも吐いたのですか!?一体どんな状況ならそんな事が起きるんです!」


「昔パーティにちょっとアレな薬師がいてよ。そいつがモノホンのエリクシール真似て調合した『エクスソーダ』ってやつでな?効果はほぼほぼ再現できてたんだけど、どうしても炭酸が抜けないとかなんとかでよ、飲んでみたら口の中いてぇのなんの。」


「神水を真似て調合なんて…人間技ではありませんよ…。」


「人間じゃねえよ、そいつ天使だったし。」


「天使様ですか!?」


「はは、アンタ、そんな顔もするんだな。」


「な、なんです…驚いているのが面白いのですか?」


「いいや、なんかよ、無理して落ち着いてるような感じがしたもんでな。」


「あ…。」


「図星かよ。ま、聖姫だかなんだか知らねぇけどよ、俺らの前でまで職業しごとに縛られることは無いんじゃねーか?」


職業しごと…ですか。」


職業しごとだろ、聖姫それ。」


「…聖姫は、聖姫になるということは、神託によって選ばれた者が力を授かり、人々を導く運命を背負うということです…。なりたいからなるとか、やめたいからやめるとか、職業しごとのようにはいきません。」


「神託?」


「私は少し前まではただの修道女でした。掃除も洗濯も料理も、その時に。しかしある日、神託が下り、私は聖姫としての力を授かりました。私は神に選ばれた者として、この身を犠牲にしてでも人々を導き、正義の象徴として―――。」


「そいつがアンタを縛ってんのか。」


「…え?」


「確かにそいつは職業しごととは言えねぇな。神託だかなんだか知らねえが、自分がやりたくもないことを押し付けられて、降りることもできねぇなんて、俺が知る限りそいつは『呪い』ってやつだぜ。」


「そんな…!貴方に何が…」


「わからねぇよ。」


「…!」


「その代わりに教えてやる。」


「なにを…!」


「『勇者』は、誰かにそんな顔をさせるような世界を変える為に居るってことだ。」


「そんなこと…」


「『世界の平和は誰かの犠牲に上に成り立っている。だが、目の前で平和の犠牲になろうとしている奴を救えないで、何が勇者だ。』昔俺の仲間が言った言葉だ。」


「言っている意味がわかりません…!」


「俺もわからねえ。けどこれってつまりこういう意味だろ?『分かっちゃいるが、気に食わねえ。』」


「いやそれは無理が…」


「無理でも、通せば道理になんだよ。それを通すのが『勇者』だ。」


「…はあ…なんだか、馬鹿らしくなってきました。」


「聖姫なんて大層なもんじゃなくても、俺みてぇな馬鹿でも世界を救えるって事を見せてやるよ、アイーシャ、に。」


「…聖姫をお前呼ばわりとは、神罰が下っても知りませんよ?」


「そんときゃ神様ぶっ飛ばして退職届叩きつけてやるから、しっかり書いとけよな!」


「貴方という人は…ほんとに、しょうがない人ですね。」


会って数日しか経っていないというのに、私が運命だと思っていたものを勝手に否定して、決めつけて、救おうとするなんて…失礼にも程があります。

神も魔王も関係ない。正義も悪も、そんな『型』を物ともしない、『意志』。

この人なら…この人にならと思わされてしまう。

私も変わらなくては。聖姫という運命に縛られること無く、私の『意志』で。


「それにしても。魔王だけかと思いきや、『神』まで出てきやがるとは上等だぜ。見せつけてやるとするか、。『勇者』の仕事って奴をな!」


「あの…戻ってきてみたら何をキメ顔で叫んでいるんですか勇者様。」



そして一行は、各々色々考えたり考えなかったりしつつ、北を目指して旅立つのだった。









「彼らは、行きましたか。」


宿の二階、テラスに置かれた椅子に座った人物は、上がってきた宿屋の亭主に振り返らず話しかけた。


「ああ、あんたから預かった『エリクシール』もきっちり渡しといたよ。」


「ありがとうございます。」


「あんた、あの坊主達の知り合いかい?」


「んー、そうですね、あの中の一人とは、と言った感じでしょうか。」


「だよな、でなきゃ神水を渡したり、あいつらをここに連れてきたりはしねぇ。」


「おや、私は彼らより先にこの宿に着いていましたが?」


「分かってて言ってんだろ?この宿は普通の人間には辿り着けねぇ。一度来たことがあるか、俺が招待するか、或いはこの『領域』よりも遥かに強い力を持った奴じゃなけりゃな。あんたがあいつらをここに導いた。」


「隠し事は、できませんね。」


「隠してるつもりだったのかよ?まあいい、何でがここに居るのか、あいつらとどういう関係なのか、この後どうするつもりなのか、そんなこたぁ良い。ただな。」


宿屋の亭主は壁にもたれかかりながら続ける。


「落とし前は、つけてくれよな。」


「ご亭主、かなり高位の存在だとお見受けしますが?」


「あんた程じゃねぇ。先代が吸血鬼でな、俺はヴァンパイアハーフって奴だ。こう見えて千は生きてる。」


「種族を超えた愛の結晶というわけですね。」


「気持ちわりぃ言い方はよしてくれ。」


「いえ、素晴らしい『可能性』です。それが私の目指すところでもありまして。」


「…まあ、当たり前だろうが、事情がありそうだな。」


「察して頂けて助かります。しかし、そうですね。『落とし前』はつけましょう、『私達』が始めた事です、その十字架を今を生きる、今からこの世界で生きる命の背負わせたりはしません。」


「そうかい。」


「ところで、お茶のおかわりを頂けますか?」


「気に入ったかい?うちのミルクティーはよ。」


「好きなんです、甘いの。」


「そうかい、俺もだよ。今の世界はちっとばかし人には苦すぎる。」


「ええ、とても。」




亭主がミルクティーのおかわりを持ってくる頃には、そこに居た人物は居なくなっていた。

やれやれと息を吐きながら、亭主は運んできたミルクティーに口をつける。


「砂糖なんて入っちゃいねーよ、ったく。」




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