第7話 修行なんていつぶりだよ

「はっ!たあっ!えぇい!」


森の中に気合の入った声が響く。

腕と足から生やした岩のブレードを振るうのは、元魔王軍のガーゴイル少女イルだ。

そしてそれを受けるのは、


「ちょいと踏み込み過ぎだな、重心が前に行き過ぎてる、それならその勢いを利用して次に繋げたほうがいいぜっと!」


『勇者』ヒロ、別名『竜殺しドラゴンキラー』。

ヒロは軽い体捌きでイルの連撃をかわし、隙あらば木の枝で打ち返していた。


「くっ…やはり強い…!」


残っていた足を払われるが、空中で一回転し、付いた手で体を飛ばし、再び攻めるイル。


「良い身軽さだぜ!そいつはかなりの武器になるぞ。」


「はいっ!!」


二人の模擬戦闘を近くの木に体を預けて見つめる者がいた。

高貴さを漂わせる容姿に虹色の瞳。聖姫アイーシャだ。


「朝から精がでますね。」


その独り言は、戦闘中の二人には届かないが。


「私も、いつまでも飾り物じゃいられませんね。」



数時間前―――。


「修行だぁ?」


「はい、是非お願いします。」


「どうしたんだよ急に。」


「私…実はまともに戦闘訓練受けたこと無くて…足手まといにはなりたくないんです。」


「お前がいなかったら俺は多分あの時死んでたんだぜ?足手まといなんかじゃねーよ。」


「あの時だって、一緒に戦えていればと…今でも思うんです。」


「一緒になー、ま、いいか。」


「本当ですか!?」


「俺も体動かしてーしな、けど、人に物教えるなんて器用な真似できるかどうかわかんねーぞ?」


「それでも…お願いします!」


「んじゃ、そこらの森ん中でやるか。アイーシャ、アンタはどうする?」


「ご一緒します。第三者にしかできないアドバイスもあるかもしれません。」




とは、言ってみたものの。


私、戦闘に関しては素人ですからね。

今だって二人が何をしているのか、速くてよくみえない。


「んー…、あ、そうです。聖術の応用で自身を強化すれば…ええと…こう…ですかね…。」


空中に描いた光の魔法陣を編んで繋ぎ変えていく。

一つの術を崩して再編成する超高等技術だ。

そもそも、常人には魔法陣の『式』に触れることはできない。

聖姫の証である女神の聖眼クリスクレインの力と、彼女自身の素質の成せる技だ。


「できました!これで私自身の能力を瞬間的に増幅できるはず…。」


ふわりと、アイーシャの手のひらから光の玉が現れ、アイーシャの胸の間に吸い込まれた。


「やった、成功です!」


一人で喜ぶアイーシャの眼には、ヒロとイルの戦いがはっきりと見えていた。

感覚の強化。アイーシャが『創った』この術と同じ用途の術は世界に多く存在したが、使用後の反動がほぼ皆無な点で、他のどの術よりも優れていた。

しかし、本人は『便利な術ができました!』程度にしか思っていなかった。


「これをもう少し改良すれば、運動能力も強化できるようになるかもしれませんね。そうなれば、戦うことはできなくても、逃げることくらいならできるようになるかもしれません。そうなれば、もう、あの時のような事は…」


焼かれた街。死んでいく人々。助けを求める声。何もできなかった自分。


聖姫とは、希望でなければなりません。希望とは、強い光を放つもの。

私はそうなりたい。


きっとイルさんも同じ思いなのでしょうね。


彼女の必死な姿を見れば分かる。そしてその想いに応え、その力は少しずつだが変化していた。



「てやぁっ!!」


繰り出す刺突は空をきる。ヒロの動きはかなり独特だった。

型のようなものは存在したが、ベースになっているだけで同じ動きがほとんどない。


まるで獣…!


武器も利き手だけではなく、右、左、両の手で器用に操っている。状況によっては剣を宙に放り、壁にして拳で攻撃してくることもあった。


実力の差は歴然…ならどうする…!

これから先、私より強い相手ばかりのはず。ならば、それを覆せる何かを…!


その時、展開していたイルのブレードに変化があった。両足に展開していた物は爪のような突起物が付いたブーツに変化し、両手の物は別の形へと徐々に変わっていく。


「なんだあ!?お前、そんな事もできるのかよ?」


イルの右の手には岩でできたハルバードが。左手には小さな盾のついた篭手が創りだされていた。


「えっ…?わっ!なに…これ…?」


「戦いの中で成長したってわけか、よっしゃ、なら次はそれの使い方に慣れていこうぜ。」


「は、はいっ!!」


今は…無意識で変化させたけど、これを自在にできるようになれば、相手に合わせた武器で戦えるようになる…!


「使いこなして…みせます!!」


「良い気合だ!俺もちょっと本気だすぜ!」


「えっ、ちょっ、なんですかその動きー!!」



「ふふ…嬉しそうですね、イルさん。」


強化された視覚で二人を眺めながら、アイーシャは息をもらす。


可愛いですねー…イルさん。

もっと近くに居たいのですが…私が近くに行くと逃げてしまうのですよね…。

一緒の部屋なのに彼女だけ床で寝てますし…一緒にベッドで寝たいのですけど…。


可愛い女の子は癒やしだ。イルのような娘と同行できていることはとても運が良い。一緒に寝たりお風呂に入ったりしたい!


アイーシャは悶々としながら魔法陣をいじくりまわす。

いっその事、彼女が私を好きになる術とか作れませんかね?


とか思いながら。






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