第6話 ちょっくらセイヴ・ザ・ワールド
「キャー!」
おっと仕事だ。
緩やかな眠りから俺を現実へと引っ張り上げるのは、いつだって乙女の悲痛な叫びと決まっちまってる俺の勇者人生とも、気づけば長い付き合いになっちまったぜ。
バチっと目を覚ました俺は、傍らに置いてある俺の相棒、『竜咬み』を手に取り、窓から外へと飛び出した。
「あれー?なんか前にもこんなことなかったっけか?」
その違和感は外の世界に飛び出した瞬間にハッキリした。
視界に広がるのはあの赤と黒の混ざり合った空。
そう、ここは異世界だ。しかし―――。
「うお、空に穴が空いてんぞ。少しだけだけど青空か、ありゃ。」
着地して、空を見上げてみた。
以前の空は全体が赤黒く、大地は不自然な光に照らされていた。
しかし今は、赤黒い空に穴が空いたように青空がぽつぽつと存在していた。
「よくわからねーけど、とりあえず悲鳴の方を片付けるぜ。」
走りだそうとした時、今ヒロが飛び出してきた施設、恐らく宿の入口でじゃれつく二人の知り合いの姿を見つけた。
「イルさん、ほら、リボンが歪んでいますよ?私が結び直して差し上げます。」
「だ、だから!構いません!放っておいてくださいぃぃぃ!」
旧魔王軍のガーゴイル少女イルと、あの時の―――。
「お前ら何やってんだよ。」
「あ、勇者様!!」
ダダダダッとヒロに駆け寄り、影に隠れるイル。
「なっ、なんだよ!おい、しがみつくなって!」
「あ、あのっ、私あの人苦手なんです…!なんか近くにいるとこう…体の芯から震えが来るというか…!」
こそこそと話すイル。
「初めまして、私は聖姫アイーシャと申します。」
「へえ、アンタ姫さんだったのかよ。俺はヒロ、勇者をやってる。よろしくなアイーシャ。」
「こちらこそ、勇者ヒロさん。危ないところを助けて頂き、感謝しています。」
「誰かを助けるのは勇者の仕事さ、大したことじゃねえよ。ところで、こいつアンタの事苦手なんだってよ。」
「なんで言ったんですか―!?」
「あら…。イルさんは魔族ですから、私の聖気が悪さをしているのかもしれません…申し訳ありませんでした。」
「あ、いえっ…アイーシャさんは悪くないんですっ!」
「でしたら、これから慣れていきましょう。」
「へ?」
ガシっと、ヒロの陰に居たイルの腕をホールドするアイーシャ。
「ひううっ!?」
「私たちは種族も属性も違うとはいえ。今は同じ目的に向けて共に戦う仲間です。神のお創りになった私達ならば、そんな障害簡単に乗り越えられるはずです!」
「い、いや私をお創りになったのは魔王さまなのでぇぇぇぇぇぇ!?」
「騒がしい奴らだな、とっとと状況を説明してもらいてーんだけどよ。」
まだ少しだるい体を動かしながら、ヒロは言う。
「色々聞きたいこともあるしな。」
よくわからんが何故か上機嫌なアイーシャと、そのアイーシャに腕をガッチリやられて魂が抜けかかってるイルと共に、俺達は宿に戻った。
聖姫ってのは、どうやらこの世界の人間たちの平和の象徴って位置付けらしい。俺達の世界でいう『勇者』ってとこか。それも含めて、俺が寝ている間に起こったことは大体聞いたが、どうやら俺は3日も眠っていたらしい。
『扉』を開いた反動にしては、やけに長いな。
いつもなら1日程度で回復するんだが、俺も疲れてたって事なんだろうか。
ここはいわゆる旅の宿屋ってやつだ。山の麓でひっそりとやってたのをイルが上から見つけたらしい。こんな辺鄙な場所にあるってのに二部屋しか空いてなかったと、イルがげんなりしながら教えてくれた。
そして話は、あの青空へと移った。
「あれは、ヒロさんのおかげなんです。」
「俺の?どういうこった。」
「ヒロさんが魔王軍を退けてくれたおかげで、この地域を支配していた邪悪な力が薄れ、人間たちの活気が戻りつつあるのです。あの青空は、空を覆っていた邪気が晴れた事を意味します。低級の魔族であれば、あの空の下では力が弱まる事でしょう。」
「なるほどなー。ん?イルは大丈夫なのか?」
「私は魔族ではありますが、純粋種では無いんです。ですから、強すぎる聖気にあてられないかぎりは大丈夫です…」
「おい露骨にアイーシャを見るのはやめろ。」
「いえ、構いません。これから仲良くなっていきますから。」
「へっ、いい笑顔じゃねえか。」
「へっ、じゃないですよ…!」
「つまり、空が全部青色になったら、俺達の勝ちってわけか。」
「ふふ、そうですね、そう願います。」
アイーシャは一旦姿勢を正して、ヒロを見つめた。
「ヒロさん、私、聖姫アイーシャが人類を代表してお願いします。この世界を救うため、勇者である貴方の力を貸して頂けませんか?」
「そうかしこまんなよ。もちろんだぜ、勇者は2つ返事で世界を救うもんだ。アンタの依頼、引き受けた。」
どこか安堵したようなアイーシャの笑顔に、ヒロは親指を立ててみせた。
「ちょっくら世界でも、救いに行くとするか!」
報酬は十分だ、ならば応えよう、それが『勇者』だ。
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