第5話 幕間
島が移動している。
それは何も知らない者が見ればそう見えても仕方がない光景だった。
赤黒い空を映した海を、それは歩いていた。
魔獣アトラス。
大海を歩いて渡るほどの巨体は、移動するだけで大波を作り出す。
背に乗った主をなるべく揺らさぬよう、彼は波を割りながら進んでいた。
『例の村に放った者達からの連絡がありません』
その巨大さ故、声は風を割り、大気を震わせてしまう。
喉を鳴らさず、主にのみ通じる思念波で彼はそう言った。
「ほう、先程の混ざりものの仲間か?まあ良い。どの道奴が居る限りこの大陸の掃除を続けるのは困難だ。奴の相手と聖姫の始末は他の者に任せておけばいい。」
『承知致しました。』
「少し眠る、向こうについたら起こせ。」
『おやすみなさいませ、我が主』
やはり先程の戦いで消耗しているのだろう。
いつぶりだろうか、ここまで深く傷をつけられたのは。
『…』
闇色の兜を脱ぎ、眠りにつく黒の騎士を、一頭の黒い馬が見つめている。
魔獣アトラスの分体だ。主が眠りについた後、起きる直前までこうして近くで主を守っている。
『…』
アトラスは、主の寝顔が好きだった。
眠りにつく時のみ、主は兜を脱ぐ。
眠っている間のみ、主は呪いから解放される。
『…』
穏やかな寝顔だと思った。
夢を見ているのだろうか。かつての夢を。
もう戻れない。そんな事はわかっている。
主はあまりにも殺しすぎた。
幾つもの街を蹂躙し尽くした。
それが呪いのせいであれ、主自身のせいであれ、過去は変えられない。
それならば、と、ただ一つ願う。
この狂気の果てに、
どんな末路が待っていたとしても、
どうかこの瞬間だけは、
光の中に居たあの頃の夢を。
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