第3話 こんなメンツは初めてだぜ

「キャー!」


という悲鳴に起こされる事が至高の喜びと考えている受け身勇者な俺にとって、アクティブに行動を起こしていく『旅』のきっかけってやつは重要だ。

モチベーションの維持にも関わる問題だし、結果手に入る報酬のグレードも忘れちゃならねえ。仕事ってのは、リターンがあってなんぼだからな。



「と、いうわけなんです!」


サイクロプスの早口な説明が終わって、大体の現状ってやつが飲み込めた。ついでに俺の事情も話しといたが、まあそんなに話すことも無かったから1分で終わった。俺が勇者であることは、あのドラゴンゾンビを真っ二つにしたことで信じてもらえたみてーだ。

浮遊大陸はどうせ夢だろうから言わなかったし、こっちに来た原因もわからねーしな。


俺がこの世界に来た事になんのドラマ性も無いことに、何となく二人は拍子抜けしたみたいだったけどな、『勇者』ってのはいつもいつの間にか厄介事に巻き込まれてるもんさ。


「要はこの世界を支配してた『魔王』が別の世界の『魔王』にぶっ倒されて、現在そいつが絶賛世界侵略中ってわけだな?で、元魔王軍残党のお前らは、現魔王軍が滅ぼした後の村の様子を見に来てただけ、と。そりゃいきなりぶった斬って悪かったな、はは。」


「あはは…まあ、簡単にいうとそんな感じですが…事態はかなり複雑です。そもそも、別の世界の『魔王』というのも憶測で、正体は不明です。私達の『魔王様』もどうなったのか、実際はよくわかっていません…。」


ガーゴイル少女、イルは深刻そうな顔でそう言うが、


「そういう面倒くさい事情は置いといてだ。俺としてはその別世界の魔王だかなんだかをぶちのめして、元の世界に戻させたいところだ。別世界から来たっていうなら、俺を元の世界に戻すこともできるはずだし、利害は一致するってわけだな。」


それが今回の報酬ってことで、俺はこいつらの依頼を受けることにした。

敵を倒して俺を元の世界に戻させる。

なんともシンプルにまとまって助かったぜ。なんせ今回はメンツがこれだ、考えるのが得意な奴が居たら良かったんだがなー。

ふと昔の旅仲間の事を思い出す。

あいつらは今頃、あいつらの生活を送ってる事だろう。俺がこんな世界に来てるなんて知ったら、どうするだろうな?


「どうもしねえか、別に。」


「なんです?」


「なんでもねえさ。で、これからどうするんだ?この街を襲った新魔王軍とやらはもう通り過ぎちまったんだろ?」


新魔王軍というネーミングに若干文句があるのか、イルは何かを言いかけたがやめたようだった。


「恐らく…でも、できれば追って殲滅したいです!」


サイクロプスは鼻息を荒げてそう言った(鼻は見当たらないが)

巨体だから声がでかい上に無駄に少女声だから若干の超音波感あるな…。


「やる気あるじゃねえか、その話乗った!」


「ちょ、ちょっと待って下さい!イロスちゃんも…気持ちは分かるけど…。あの、相手は魔王軍の精鋭達ですよ?いくら勇者様が居るとはいえ、私達だけで戦えるとは…」


「私達って、お前ら戦うのか?てっきり戦闘は俺がやるもんだと思ってたけどな。」


「もちろんです!腕力には自信があります!」


「だろうな!むしろ無かったらどうしようかと思ったわ。」


サイクロプスは頼んでもないのに右腕の筋肉をムキッとさせている。ムキッとさせなくても全身の筋肉は人間のそれとは全く違う、非常に硬質なものであることが一目で分かる。生半可な武器じゃ傷もつかねーぞこりゃ。ドラゴンゾンビの尻尾モロに食らってたけど大丈夫そうだしな。


「まさか勇者様一人で戦う気だったとは…私達も、そういう事態になればもちろん共に戦う覚悟でしたよ。」


「女子供を危険な目にあわせたとあっちゃ『勇者』の名が廃るぜ。」


「どの口で言ってるんですか…。」


何故かジト目のイル。身体を岩に変化させる力、確かに攻防一体の能力だとは思うが、攻撃の練度が低い、戦力としては微妙だ。今のところは宴会芸クラスだな。


「いや待てよ、サイクロプスはいいか、女声だけど子供じゃないし、バトル系の種族だしな?」


「し、失礼です!私これでも女の子なんですよ!?」

「そうです!その発言はセクハラですよ勇者様!」


じゃあなんで半裸なんだよこいつ、そういう民族なのか?


「はいはい。で、結局どうする?」


「そうですね…勇者様の力があれば、奇襲を仕掛ければ痛手を負わせる事も可能かもしれません。しかし、こちらはお願いしている立場ですし、何より危険です。勇者様が決めてください。これからどうするのか。」


ヒロは腕を頭の後ろで組んで、少し体を伸ばしながら。


「そういうことなら、とりあえずそいつらを追おうぜ、村を焼かれて勇者が黙ってるわけにもいかねぇよ。どつきまわして土下座させてやんねーとな?」


組んだばっかのパーティじゃ足並み揃わないだろうし、逆に危険な気もするが、こいつらも旧魔王軍だし、身を守ることくらいはできるだろ。


「私達も共に戦います。足手まといだと思われるのであれば、後方支援に徹しますが…」


「後方支援?ダンスでも踊るのか?」


「踊りません!何の支援になるんですかそれ!?」


「いや、俺の世界じゃ普通に職業としてあるんだよ踊り子って。何かよくわからん不思議パワーで元気になるっていうか、まあぶっちゃけよくは知らないんだけどな。」


「はいはーい!サイクロプスの私は砕いた岩石の雨を降らせます!有効射程は結構長めですよ!」


「えっとじゃあ私は…石像に化けて奇襲をしかけます。」


後方支援とは。

イルに至っては前に出てるよな?

まあそのへんは適当でいいか、作戦って柄でもねーし。


「じゃあ戦闘になったら各自好きにやろうぜ、ただ、無理はすんなよ?死んでも骨は拾ってやらねーぞ。」


「そう言ってくれるとこちらも気が楽です。感謝します、勇者様。」


『勇者様』か。利害関係の一致で協力することにはなったが、力を見せたとはいえ、こいつらもよく俺の言うことが信じられたな。

それほどまでに切羽詰まった状況ってわけか。

ま、俺もこいつらの言うこと信じてるわけだし、お互い様とも言えるな。


「礼は魔王の野郎をぶっ倒すその時までとっときな、勝利のファンファーレと一緒にきかせてくれよ。そうと決まれば早速出発しようぜ。」


「はい。それじゃあいこっか、イロスちゃ―――」


ヒロ達が居たのは、村の中心にある教会の中だった。

イルが呼び掛けた時、十字架を背にしていたサイクロプスの胸部を貫いて、巨大な槍が現れた。

巨体がぐらりと揺れ、膝から崩れ落ちるように、サイクロプスが教会の床へと倒れこんだ。

その衝撃で割れずに残っていたステンドグラスが砕け散り、降り注ぐ破片が赤の日差しを反射して教会内を歪に照らした。


サイクロプスが立っていた場所、神を象ったレリーフの中心に空いた穴から、湧き出すようにソレは現れた。


全身に闇を纏っているかのように黒く、禍々しいオーラを放つ、4本角の悪魔が。


「…イ…イロスちゃん!?」


叫んで駆け寄るイルに反応し、悪魔が視線を向けた、その刹那。

ヒロは、悪魔の懐へと跳んでいた。


「随分なめたご挨拶じゃねぇか!」


振り抜いた両刃の剣、『竜咬み』が咄嗟に身をかわした悪魔の胴を浅く裂いた。

傷口から黒い飛沫が吹き出す。それは血ではない、闇だ。


「半精神体か、どうりで気配が薄いわけだな。」


悪魔の貌は、闇に覆われていてはっきりしないが、赤く光るつり上がった眼だけがやけに目立っていた。


「ホウ…人間ガマダ生キテイタトハナ。大人シク死ンデイレバ恐怖ヲ感ジル事モナカッタダロウニ。」


低く、枯れたような声だ。

悪魔ってのはどいつもこいつも似たような声をしてやがる。


「良いことを教えてやるぜ、そのセリフ、俺の前で二回同じ事を言えた奴はいねぇぞ。」


振り抜いた剣の勢いをそのままに、独楽のように回転し、折れた柱を蹴って悪魔に再接近する。高速で振るわれた槍を剣で軽く逸しながら、竜の気を纏わせた手で悪魔の頭部を掴んだ。


「ニンゲンガワタシ二フレルダト…!?バカナ…!」


別の世界といっても、モンスターの特性はそう変わらないらしい。

実体を半分しか持っていなくても、存在そのものを掴むのがこの力だ。


「悪魔の常套手段とはいえ、背後から不意打ちたぁ、言い訳の時間はいらねぇよな?」


「キサマ…ソノチカラ」


「食い潰せ、竜王爪ドラゴンクロ―!!」


悪魔が何か言い終わる前に、頭部を握りつぶす。潰れた頭部が闇の飛沫となり、やがて胴体ごと霧散した。

それと同時に知覚する。村に侵入した幾つもの邪悪な気配を。


「なんだって気づかなかったんだ、寝起きじゃねーんだぞ、ったく!イル!外にまだ大勢居やがる、ここじゃ不利だ、外で迎え撃つぞ!」


「ぅ…はい…ッ!!」


良い判断だ。倒れたサイクロプスにしがみついて泣くような奴ならここで物語は終わりだったろうぜ。


教会を飛び出し通りに出る。離れてはいるが、さっきの奴と同じような悪魔が数十体は迫ってきている。

瓦礫がところどころに落ちているが、イルは背中にガーゴイルの翼を生やして浮遊している。


「とりあえず先制攻撃ぶちかます!薙ぎ払え!竜鳴轟爆波ドラゴニックブレイザー!!」


竜の気を圧縮し、闘気で撃ち出す俺の必殺技だ。こう遠いと威力は下がるが、ジャブとしては十分だろう。

放たれた気は巨大な波となって村の上を薙ぎ払う。風圧で土作りの家屋は大量の粉塵を撒き散らしながら倒壊し、周囲の空間を灰色で埋め尽くした。


「げほげほっ、すごい威力…!」


浮遊しながら灰色の粉塵が舞い上がるのを見ていたイルは、背後に迫る影に気づいていなかった。


「ッ!イルッ!!後ろだっ!!」


チッ!遠い…!!


「えっ…?」


振り返ったイルが見たのは、大鎌を構えた悪魔の姿、そして、それが巨大な腕に殴り飛ばされる場面だった。


教会の壁をぶち抜いて現れたイロスがイルを助けたのだ。


「ハァ…大丈夫…イルちゃん…?」


「イロスちゃん…!」


「なかなかの登場じゃねぇか!刺されたとこはどうだ?」


「私大体筋肉でできてるんで大丈夫です…さっきはちょっとショックで倒れちゃいましたけど…!」


「っつーか半精神体殴れるんだな…魔族だからか?」


「…魔族同士なら純粋な力のぶつかり合いになると聞いたことがあります…私も岩を纏えば攻撃も防御もできると思います。」


「そいつはいいな。んじゃまあ、このまま奴等をまとめてぶっ飛ばしてやるとするか!」


『いや、それは待って欲しい。』


どこからか聞こえた声の後、ヒロの真横にあった石造りの壁がいきなり内側から爆発した。


「うおっ!?新手かよ、随分歓迎してくれるじゃねえか、今日は何の記念日だ?」


構えたヒロの前で、石壁の中からゆっくりと這い出してきたのは、岩で出来た巨人だった。


「ゴーレムか!バラバラにしてジェンガにしてやるぜ、竜鳴轟――」

「待ってください!」


ドスッ!という音とともに、イルの岩でできた拳がヒロの腹に横腹に突き刺さる


「ぐおおっ!?」

「このゴーレムは味方です!」


突然現れた巨大なゴーレムはよろけるヒロを一瞥し、イルとイロスの方へと向き直った。

イロスよりさらに巨大なゴーレムは、2人と同じ少女のような声で話しだす。


「やあ2人共、無事でなにより。そっちの人は…」


「レムも無事でよかった…。この人は勇者様よ、私達と一緒に戦ってくれるって!」


「勇者…?ふうん…?」


「大丈夫だよレムちゃん!こう見えてドラゴンゾンビだって一発でやっつけちゃうような人なんだから!」


「ドラゴンゾンビを…?いまいち信じられないけど、イルとイロスが言うならとりあえずは信じるよ、とりあえずはね。」


「そりゃあありがたい話だ…!だが登場が少し派手すぎる…次からは注意しろ…!」


「あ、うん。わかったよ勇者サマ。で、このままみんなで戦うってのは無しで。」


「レム、どういうこと?」


「ここで足止めをくらってちゃ、他の村や町が焼かれる事になっちゃうでしょ?ここは僕に任せて、君たちは先に行って欲しい。」


「レム…でも…!」


「そういうことなら私も残っちゃうよー?」


「イロスちゃん!?」


「イルちゃんが勇者様を飛んで運べば、あいつらに追いつけるかもしれないけど、私が居ちゃどうしても遅くなっちゃうからね。」


「いいのかい、イロス?この勇者サマって人は、そんなに頼りになるってことなの?」


「豪華客船に乗った気で居てくれて構わねーよ?」


「こんなだけど、本当に強いの!私なんかよりずっと頼りになるよ!」


「イロスちゃん…レム、ごめんね…」


「ここはありがとう、じゃないかな?」


「…そうだね、ありがとう。私、勇者様を絶対に送り届けるから!」


「俺は速達便かなにかかー?まあいいか。そうと決まれば、急ぐとしようぜ。」


「はい!私の足に掴まってください、勇者様!」


「おう、行くぞ?」


「…あ、あの、なるべく上は見ないで…欲しいです…!」


「勇者様サイテーです!こんな時に女の子のスカートを覗くなんて!」


「随分と、ふざけた勇者サマなんだね…?」


「お前らこそこんな時にそんな事言ってる場合かよ…!」


なんだかんだありつつ、イルは岩で創った翼で倒壊した家屋の上を飛んでいく。


イロスとレムはそれを見送ると、もうかなり近くまで迫ってきた悪魔たちに向き直る。


「さて、いっちょやりますか、レムちゃん!」


「ああ、僕たちの反撃の始まりだ。」


ヒロ達に思いを託した2人の眼に迷いは無い。

青空を失った世界で、彼女たちの戦いが今幕を開けた。



続く


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