第2話 竜殺し

「キャー!」


おっと仕事だ。


俺を覚醒させるのはいつだって助けを求める悲鳴だし、旅の始まりはいつだって誰かの涙から始まっちまう。

『勇者』ってのは、悲しい仕事なのかもしれねぇな。


いつものようにバチッと目が覚めた俺は、傍らに常に置いている愛剣『竜咬み』を背中に差し――――ってあれ、既に背中に相棒の感覚が。


「待てよ…?俺は確か謎の浮遊大陸で目覚めて…勇者跳躍で空に飛び出してそのまま…ってなんだ夢かよ!やれやれ…そうだよな、目が覚めたらいきなり浮遊大陸に居るなんて超常現象がこの世界で起きるはずがないぜ。」


ともあれ、若干混乱はしたが、助けを呼ぶ声には10秒以内に応えるという俺ルールをビシッと遵守すべく、俺は窓を開け放ち外へと飛び出した。


黒い雲が瓦礫のように空を埋め、

血のように赤い絵の具をぶちまけてかき混ぜたような、黒と赤の交じり合う不気味な黄昏の空へと。


「は…?」


空気が淀んでいる。俺の中に眠る竜の感覚が、この空間の異常さに警鐘を鳴らす。

明らかに、俺の居た世界じゃねえ…!

いつかの魔王討伐の時、奴の分体を叩く為に魔界深部へ潜った時みたいな感覚だが…

考えている間に、視界の端に異様な物が映った。

巨人だ。2階建ての建物よりも大きく、異常なまでに発達した筋肉に覆われた一つ目の巨人。サイクロプスだ。


「村を襲ってやがるのか、こいつは分かりやすい展開でありがてえ。魔王軍の侵略ってやつだろ、野郎デカブツめ、この勇者ヒロがぶっ倒して土下座させてやるぜ!」


どこであろうと、勇者のやる事は変わらない。


赤茶けた地面に着地するや否や、俺は全力で大地を蹴り飛ばした。大丈夫、今回はバッチリ地続きだぜ。

壊された家屋を飛び越えるように走る。どうやら村はほぼ壊滅状態だ、あちこちで黒煙が上がっている。


「ここがどこだか知らねーが、俺は俺の仕事をやるだけだ!プロの『勇者』なめんじゃねーぞ!」


村の中心にある教会のステンドグラスをぶち割りながら、てっぺんまで駆け上る、ここからなら奴の脳天をぶった斬れるはずだ。吊り下がった鐘の側面を蹴り、俺は宙へ飛んだ。


「こいつで丸焼きにしてバーベキューにしてやるぜ!竜咬爆炎剣ドラゴニックストラッシュ!!」


竜の気と炎の魔法を剣に纏わせて敵を斬り裂く俺の必殺技が、サイクロプスの脳天に炸裂したと思ったその瞬間。


「だめええええええ!!!」


剣を振りかぶった俺に、何か巨大な物が衝突した。


「ごッッッ!?」


やけに甲高い声でやけに硬くてやけにデカくてやけに速度があるそれの直撃を受けて俺は軽く30メートルは吹っ飛び、コンクリートの壁をぶち抜いて酒場のカウンターに叩きつけれらた。


「がッッッハ…!?」


肺の中の空気が衝撃で全て吐き出された、普通の人間なら呼吸困難に陥るとこだが、色々あって竜の血を受け継いでる俺は呼吸に酸素を必要としない。とりあえず有った物が失われた嫌な感じと、全身に受けた痛みが一気に襲ってきた。ヤベェ傷は負ってないのが幸いだな。


「いってえ…ドワーフのくそでかい金槌でぶん殴られた時くらいの衝撃だぞおい…!」


ふらふらしながら立ち上がり、周囲を見渡す。いくつもの壊れたテーブルや酒瓶が店中に散らばっていた。そして俺がぶち抜いた穴の付近には、空中で俺にタックルをかましたと思われる奴が倒れていた。


「…なんだこりゃ…?」


それはいわゆるガーゴイルだった。

全身が岩に覆われた、石像のモンスター。

緑色をしていて、角があり、翼があり、鋭い爪がある。


「決死の体当たりで仲間のモンスターを守ったってとこか、泣けるぜ。さっきの一撃はかなり効いた…お礼にデカい一発をプレゼントだ、動くなよ?」


傍らに落ちていた両刃の愛剣『竜咬み』を手に取り、構えを取った、その時。


「うーん……、ここは…?あれ、イロスちゃんは…?って、ええ!?ちょっ、待ってくださいー!!」


完全に石像だったガーゴイルが突然喋り出したかと思えば、段々と岩のガワが剥がれ落ち、中からはまだ幼い顔つきの少女が現れたではないか!


でも、ぶった斬った。


「ええええええええええええ!?」


叫び声を上げながら床を転がって逃げる石像少女。とりあえず舌打ちをして、告げる。


「意外とすばしっこいな、次は外さねえぞ。」


「嘘ですよね!?こんな女の子を手にかけるつもりなんですか!?」


「来世の為に覚えときな、『勇者』は嘘をつかねえ。」


ザンッ!という気持ちの良い音と共に、少女が陰に隠れていた机が両断された。

やっぱ意外とすばしっこいな、さすが中身。


「ゆ、勇者…?あ、あの、じ、事情を聞いてください!!」


「良いぜ、この俺の剣を喰らって生きていられたらな。」


「この人なんなんですかー!?」


次は二連撃でいく。と決めたその時、轟音と共に天井がぶち抜かれ、大きな赤い腕が飛び出してきた。その腕はガーゴイルだった少女を守るように伸びてきた。


「さっきのデカブツか、自分から火に飛び込んできやがるとは馬鹿な野郎だぜ、テメェらこの『勇者』ヒロがまとめてぶったぎ」

「待ってください!!」


今度は上から声が聞こえた。石像少女と同じ、まだ若い女の声だ。しかも超大音量。


「ぐおおお耳がああああ!?音波兵器か!?っつかまた女声かよ…」


ってことはこいつも中から少女が出てくるのか?と思っていると、デカブツの腕にかばわれる形になっている石像少女が首を振り、


「いえ、この子は声が高いだけです。」

「紛らわしいな!?なんなんだお前らは!…ったく、興が削がれたぜ、三枚におろすのは勘弁してやる。」


「興で女の子を手にかけようとしたんですか…?」


「はあ…無事で良かった…イルちゃん、危なかったね。」

「ありがとうイロスちゃん…もうちょっとでお造りになるところだったよ…」


サイクロプスの少女声は思ったよりくるな…。

そう思っていると、彼女たちは俺の方をじっと見ていた。


「魔王軍の侵略ってわけじゃなさそうだな、敵意も邪気も感じねえし。」


「もうちょっと早く気づいて頂きたかったですけど…!あの、貴方は『勇者様』なのですか?」



「確かに俺は勇者だが」

「私達の世界を、救ってくださいませんか?」

「私達の世界を、救ってくださいませんか!?」


食い気味に被ってきたサイクロプスとガーゴイル少女の甲高い声の二重奏が響き渡り、俺は耳を塞いだ。


「ボリュームを絞れ特にデカイ方!!」


「ひいっ!?確かにデカイですけどその言い方は酷いです!!」


サイクロプスの甲高い声が再び響き渡った時、それに釣られるかのように地面が振動し始めた。


「えっ、な、なにっ?」


「ええっ!わ、私何も…っ!」


「これは…おいお前ら、外に出るぞ!」


「私既に外です!」


「いやそこらへんは色々察してくれるか?」


段々と大きくなる地鳴りの中、外に出るヒロとガーゴイルのイル。


振動は強烈な地震となり、半壊した村をさらに崩していく。

やがて、それは広場の地面を突き破って出現した。


「ゴルルルルルル…」


骨格だけの身体、朽ち果てた翼、かつて瞳であった場所に暗く光る紅の魔力光。

それは、圧倒的な瘴気を立ち上らせながら、そこに存在していた。


「あれは…!ドラゴンゾンビ…!?」


「やれやれ、サイクロプスの声が目覚ましになっちまったみたいだな。」


「え!?私のせいなんですか!?」


「ゴアアッ!!」


声を上げたサイクロプスの銅を地面から飛び出してきた尾が殴りつけた。


「きゃああーっ!?」


「イロスちゃん!!!」」


崩れかけた家屋をなぎ倒しながら、巨体は村の端まで転がっていった。


「目が覚める度に目覚まし時計をぶっ壊すタイプだな、あれ。」


「な、何を言ってるんですか!早く逃げましょう!!」


「オイオイ、お友達が吹っ飛ばされてんだぜ?やりかえさなくてどーすんだよ。」


「やり返すって…相手はドラゴンゾンビですよ知らないんですか!?あなた勇者様じゃないんですか!?」


「勇者様だから、やり返すんだろうがよ。」


「えっ…?」


「まあ見ときな、仕事の依頼は受けちゃいねーが、とりあえず『勇者』ってもんをプレゼンしてやるよ。」


そう言って、ドラゴンゾンビの前へと歩いて行くヒロ。


「無茶です!ゾンビといっても竜は竜なんですよ!?内包する魔力は魔族のそれとは比べ物になりません!ましてや瘴気を吸って闇の力が増大しています!!」


「ゴアアアアアア!!」


ドラゴンゾンビの顎がその骨格を変形させながら歪に開き、瘴気と魔力の混ざった邪悪な力を宿らせた。凝縮した力は吐き出され拡散する。

邪竜ダーク息吹ブレス』、朽ちた竜族が行使する最も強大な力だ。


それが、ヒロの眼前で今にも弾けようとしていた。


「ッ…!!!!」


思わず目を瞑るイル。


その時、声が聞こえた。


「初めましてだな、起こしちまって悪りぃな。だが、今度は熟睡させてやるよ。」


そして、目の前に展開する力の中心に手を突き入れ、


硝子の砕けるような音とともに、強大な力は一瞬にして霧散した。


「…えっ…?」


「『竜殺しドラゴンキラー』、こいつが竜の概念を含んだ森羅万象全てに対して発動する俺の力だ。今度はもう目覚めることはないぜ、じゃあな!」


ヒロの炎を纏った一閃がドラゴンゾンビの巨体を両断する。

民家ほどの大きさの骨が、炎に灼かれて一瞬で消滅した。


「勇者ヒロ、お前を送る者の名だ。しっかり骨に刻んどけよ。」



「…すごい…」


イルは目を見開き、ただそう呟いた。

握った手はわずかに震えていた。

そのイルの後ろから、先程吹っ飛ばされたサイクロプスのイロスが腹部をさすりながら歩いてくる。


「げほげほっ…うぇー…お腹痛い…」


灰すら残らずに消滅したドラゴンゾンビを背に、ヒロは剣を収めながら2人の前に歩いてきた。


「プレゼン終了だ。それじゃあ、そっちの話を聞かせてもらおうか?」




続く

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