元カノ

やっと場も収まって静かになったころ、俺はこっそり常坂の方へ近付いた。


「何泣かせてるんだよ!」


小声で叱咤しながら常坂の顔を見るが、眼鏡が反射する角度だったせいで、目からは感情が読み取れなかった。


「せっかくヨリ戻すチャンスなのに…」

「戻さないよ。」


未練タラタラのくせに何言ってる。と目を剥くが、常坂は至って冷静に告げた。


「今回搬入された難病を発症してる近藤さん、

 彼女の婚約者なんだ。」


絶句。

それは確かに望みが無さそう。


「…助かるの、その難病って。」


この病院は助からない患者も受け入れるし、無茶なオペでも患者が希望する場合には実行するスタンスだ。

だからこそ、助かる見込みがあるのかは医者しか知らないし、判断出来ない。


「治すよ。」

「は?」


ちょっと食い違った返事をした常坂は、無表情なまま続けた。


「幸い、この病院は普通じゃないから。」


俺の頭上には疑問符が浮かぶばかりだが、常坂はそれだけ言って立ち去った。

結局元カノに何を言ったのかはわからず終いだ。


***


「オペまでの間、付き添いたいって希望したんだってさ。」


昼食を持ってきたさっきの医師に問い詰めんばかりの勢いで質問すると、アッサリと答えた。

他人事だし当然か。


「オペって…」

「10時。オペ室は用意するけど、場合によっては今日やらない。

 付き添われたら色々と困るんだよね。」


怪物との戦闘を見られるのも、万が一にもそれがキッカケで記憶が戻ってしまうのも。

と医師が指をおりながら言う。


「今日やらないってのは?」

「常坂のやつ説明してないのか。

 彼女さんに見せてるオペや治療の計画書は全てダミーなんだ。

 実際は全く別の事をする。」


この医師も俺に理解できない発言をするようだ。

と顔を顰めると、医師が説明しだした。


「今回の患者、近藤さんは本当なら治らない病気なんだ。」


ああ、やっぱり。とここで合点がいった。

そうすると、さっきの常坂のセリフが理解できる気がした。

普通の病院なら治らない。

この病院なら助かる。間違いなく夜のイベント関係だ。


「今日の化け物の病状次第だけど、ヤツらの内臓を移植すると何故か拒絶反応無く受け入れられるんだ。」

「そんな事して大丈夫なのか!?」


確かに変形する箇所は限定的で、人間っぽいまま維持されている箇所はあるけども。


「不思議な事に今まで皆助かってるんだよね。

 しかも病状箇所と違うものでも移植するだけで必ず完治するんだ。

 これがヤツらを怨念と断定出来ない理由。」


確かに恨んでいるなら呪われそうなものだ。

そして、と言葉を失っている俺に医師は説明を続ける。


「患者さんにはオペ室で麻酔を使って眠っていてもらう。」


嫌な予感がしてきた。

なぜなら俺は、怪物は倒すと光の粒子になって消える事をこの数日で身をもって知っているからだ。

その思考を読んだように医師が言う。


「お察しの通り、オペの間、君たちは死なない程度に攻撃しつつ時間を稼がなければいけない。」


やっぱりなー!と思って、次に頭に浮かんだのは雫さんの事だった。

絶対ひどい目に遭うじゃん。


「常坂が彼女と別れるはめになったのも、そういう奇跡のオペがあったからだ。

 オペは数分で終わらない。

 まして、本来治らない程の難病で、時間が経過していて癒着も多いのを死なせずに移植まで持っていかないといけないのだから、何時間もかかる。」


その上戦闘中に俺達が倒してしまったり負けたりしたら…?リスク高すぎるだろ…。


「だから普段はなるべくやらないんだが…

 常坂のたっての希望でね。」


元カノに幸せになって欲しいのはわかる。

けど、今回の搬入受け入れ決める時、アイツ俺と雫さんの事多分考えてないだろ。ってのだけムカつくから探して文句を言ってやろう。

色々複雑な気持ちを整理する為にも、今夜の打ち合わせの為にも、俺は並べられた昼食をかき込んだ。

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勇者患者 Tsumitake @hiro0103

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