距離感

「まぁ、おかげで明日うちで受け入れ予定の近藤さんがオペ受けられるんですもんね。」


雫さんが不本意そうに唇を尖らせながら相槌を打つ。

そんな顔すら写真撮りたいくらい可愛い。


この病院は特殊なイベントが発生すること以外は全く問題なく名医揃いだし、医療設備も最新の物が充実している。

入院患者にしてもそうだ、各部屋にホテルかよ!ってくらいアメニティが付いているし、朝食ビュッフェとかコンシェルジュとか…個人病院のサービスに負けず劣らずでありながら平均的な病院よりはるかに安い治療費。

だからこそケチなうちの母親が長期入院に同意しているともいえる。

夜中に地震並みの揺れがあったり、エグイ見た目の化け物が窓や廊下から見えたり、断末魔の叫び声が聞こえてくる等諸々の不都合への補填なんだろうけど。


そして、普通の病院が受け入れない終末期の患者やリスクの高いオペを必要とする患者も二つ返事で受け入れている。

そこが雫さんも尊敬していて、ここを守ろうと思えるポイントだったりする。


「たしか、都内の病院から転院してくるんでしたよね。」

「うん、○○総合病院からだよ。」


さっきの話から、常坂が病院名を確認もせずそらで言えているあたり、まさか、とある考えがよぎる。


「元カノの…?」

「うん。」


小声で訊ねる俺に、常坂は無表情に答えた。

感情は何も読み取れないけど、連絡をとる口実あるじゃん!と思って俺は少しにやついた。


「楽しみだな!明日!」

「明日が来るのは澤口さんのおかげです!今日もありがとうございました!」

「いや、城崎さんも…ってか、皆のおかげだよな!」


病室の人達だって泣き叫んだりせずに静かに過ごしてくれている。

結界は内からは出れてしまう仕様だから、患者たちが飛び出してきたりでもしたら大変な事になるかもしれない。

けど皆、小さな子ども達でも大人しく…どころか声援を送っているくらいたくましく育ってくれていて、毎晩助かっている。


「…ふふっ、そうですね!」


正直、俺は退院時に忘れてしまう事になる雫さんとの距離感をどこまで詰めていいか迷っていた。

俺自身は忘れるつもりないけど、雫さんにはここでの事を忘れていて欲しい。

だからこそ、あんまり親しくなると記憶が俺だけになった時にショックが大きくなりそうで不安なのだ。

ましてや、常坂が言ったように、記憶を消した後の雫さんが俺を気に入ってくれるかはわからないから、あんなに好き合ってたじゃん俺達!なんて風に変に執着して困らせるような事になるのもごめんだ。

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