再入院

 翌日の朝を迎え、退院と思って面会に来た母親は絶句した。


「何で一日だけの検査入院で、トラバサミに手ぇ挟むんよぉー!」


 再入院理由を聞いてたっぷり5分は固まって、泣き叫んだ母に俺が言えるのはこれだけだ。


「担当医に訊いてください。」


 まんまと長期入院に持ち込んだ理由をなんと説明するのか見物だ。

丁度今病室に入って、見舞客がいるとは思っていなかったのだろう、母の絶叫を聞いてわずかに後ずさりした気まずそうな常坂を、白い目で見ながら思う。

そして、その横に並ぶ雫さんも同じ気持ちらしく、全く手助けする気のない目線を常坂に向けていた。


「勇者様、頑張ってくれたんだよ!」


 冷たい大人たちと違って純粋な子どもは助け舟を出すらしい。

勝手に病室に入ってきた子どもは昨日の少年だった。

手には、というか、手では持ち切れずに両腕で抱えているから胸には、になるのだろうか?大量のお菓子を抱え込んでいる。


「勇者?」


 何を言うてるの?この子は。って目を向けながら母は少年を見下ろしたが、少年はそんな視線は気にも留めずに、興奮した様子で俺のベッドに駆け寄る。


「勇者様のお陰で、リナちゃん無事に手術成功したって!ありがとう!」


 晴れやかな笑みを浮かべて言いながら、めいっぱい持ち上げた腕で俺のテーブルにその大量のお菓子をぶちまけた。突然起こった意味不明な出来事に母は戸惑った様子で言葉を無くしている。


「澤口君、昨日子ども達と遊んでくれていたんですよ。」


ついに常坂が口を開いた。


「以前中庭にイタチが出て困っていたのでトラバサミを仕掛けていた事がありまして。問題の解決と共に速やかに撤去したのですが、見落としがあったようです。普通患者が立ち入る事の無い場所だったものですからチェックが甘かったんでしょう。誠に申し訳ありません。当院のミスです。」


 暗に子ども達が、普通行かない所に俺を誘い込んで怪我させたと言っているわけだが、少年は自分のせいにされても気にしないらしい。常坂に完全に洗脳されていると見た。もしくは例のリナちゃんが助かったからこれぐらい気にもしないのか。

反論しない少年以上に、ようやく喋った常坂に、振り返ってから石像のようになっている母親の方が俺にとって不満だ。イケメンに弱い母だったことが悔やまれる。


「いえいえいえそんな!うちの子がうっかりしてたんですよ!」


 あっさり息子よりイケメンを取った薄情な母親を、常坂が腰の低いフリで手懐けにかかる。

その様子を一層白けた目で見つめながら、城崎さんに言う。


「丁度、手が治る頃に冬休み入るんです。

 俺に付き合ってたら、多分長くなっちゃいますよ?」

「分かってます。それでも、澤口さんのそばに居たいので。

 とことんまで付き合いますよ。」


 今度こそこれ告白じゃないのかって内容だけど、平常時と変わらない顔色でさらっと告げる雫さんの表情からは、そういうつもりかどうかが読み取れない。

それに、今付き合ったって忘れてしまう。


「俺、意地でも忘れないんで、退院したら城崎さんに告白します。」


 声は無かったけど、相当に驚いた様子で雫さんは俺を見た。

そして真っ赤になった後、恥ずかしそうに眉をハの字にして、はにかんだような笑顔を浮かべた。


「期待してます。」

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