両想い?

 化け物が砂のように細かい粒子になって消えていく。魂が浄化されるような、意外にも綺麗な光景だった。

遂に何も見えなくなった時、後ろでごとっと言う音がして振り返る。


「城崎さん!」


 常坂が言っていた通り、衣服の乱れ…なんてもんじゃない。

一度脱がせて、掃き出し際に軽く着せかけただけみたいな、雑な状態。

あまり直視していると要らぬ事まで考えそうなので、そこで視線を外して思考を打ち消す。

ほう。と興味深げに眺める常坂を背にして駆け寄りながら、羽織っていたカーディガンを雫さんの肩にかける。

薄手だが、そのままよりはずっとマシだ。


「ん……、澤口さん…?」


 意識が戻った雫さんが、まだ朦朧とした様子で見上げる。

そして暫し固まった後、自身の身体の肌色比率に気付いて目を見開いた。


「常坂先生!」


 思い出したように、怒気を含んだ良く通る声で叫ぶと、服装などお構いなしにすっくと立ちあがり常坂に直進する。

肩で風を切りながら向かってくる雫さんに常坂は引きつった半笑いを浮かべながら後ずさるが、どこにも逃げ場なんてない。


「何ですかコレは!コレのどこがゲームだって言うんですか!」


 叫ぶ声は最初ヒステリックさを孕んでいたが、次第に冷静に恫喝する声質に変わる。


「それに一体どこに人を投げ込む必要性が!?澤口さんの担当医であり私の指導係として、ちゃんと午前中から説明して然るべきでしょう!正座!」


 平時より1オクターブは下がった声音で、しかも無表情に説教をされると妙な威圧感がある。正直、怒られてない俺もちょっと怖い。

常坂は雫さんの予想以上の剣幕に委縮しきった様子で、命令通りその場に正座する。


「今までもこういう事をしてきたんですね!?

 これまでここに赴任してきた女性達は皆、泣き寝入りしてきたんですか?」


 雫さんの質問というよりは恫喝レベルの圧に、常坂は焦った様子で早口に答える。


「悪い事ばっかりじゃないんだ。

 一応次の勤務先は希望に合わせて優遇されるし、病院を出る時に記憶は消すからトラウマになることもない。

 ちょっと一日分の記憶がなくなるだけさ。

 今回早かったし、それほど酷い目には遭ってないでしょ?」

「記憶を消すって、そんなことできるんですか。」

「ここの精神科医がね。

 一般患者もゲームに関しての記憶は全て抹消させてもらうのが規則なんだ。

 腕は確かだから思い出すことはないよ、保証する。」


 だから今までこの病院の噂を全く聞いたことが無かったのか。と納得する。そして、朝の「無駄だと思う」っていうのはこういう事か、とも納得する。

残念だけど、嫌な事をされた記憶を消すためなら仕方ない。他の男、いや、元々人間ですらないかもしれない何かに撫で回された記憶なんか持ってて欲しいとは到底思えないし。

また仕切り直して話しかければいい話だ。と自分に言い聞かせる。


「私、辞めません。」

「「え?」」


 雫さんの宣言に、驚いて訊き返したのは二人同時だった。


「私の為に命がけで戦ってくれた澤口さんを忘れたくない。

 どちらにしろ忘れてしまうなら、澤口さんの退院時に一緒に忘れたい。」


 俺は多分いま自分に良いように勘違いしているんだろうけど、告白に聞こえる。


「でも君、嫌だったんじゃないの?」


 と常坂が尋ねる声に、雫さんは冷たい視線で見返し、当たり前です。と、ぴしゃりと言って返して俺を見る。


「嫌な事させられるのは澤口さんも一緒ですから。」


 そう言って見つめてくる視線は意志が強く、真っ直ぐだった。


「一緒に退院しましょう。絶対、一人にしませんから。」


 そう言って距離を詰めると、背中にその細い腕を回して、俺の胸にその小さな顔を預ける。


「助けてくれてありがとう。」


 心臓が痛い程早鐘を打ってるせいでか、声が出ない。

これ、抱きしめ返してもいい場面なんじゃないか?とにやけそうになるのを堪えながら腕を雫さんの背後にまわして気付いた。斧が消えた事で包帯が取れた、骨とか見えてる自分の悲惨な状態の手に。


「うわあああああああっ!」


 その絶叫は真夜中の病院中に響き渡ったという。


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