巨大化

「ああもう!どんくさいなぁ!」


 常坂が今までの口調や声音と違った声で吐き捨てた。

同時に俺を降ろして腕を放す。

そして、何だ今の、素か!?と目を瞠る俺に鋭い視線を向ける。


「内科ロビーにアレ移すよ!

 誘導は俺がやるから、君はまた外廊下から回ってきて!」


 今常坂が自分の事、俺って言った!しかもめっちゃ俺怒られてる!という衝撃と、初心者なんだから仕方ないだろ!という反論でぐちゃぐちゃな頭で何か言い返せるわけもなく、俺はただ「はい!」とだけ答え、指示に従う。

自分で思うが、何で敬語。

そこからの常坂の一連の動作は慣れたもので、非常に手早かった。

流石、場数踏んでるって言ってただけはある。と感心するが、最後まで見ている暇はない。外廊下と呼ばれていたエスカレーター側通路をまたも、今度は足音気にせず駆け抜ける。

走る音と感触で、自分が汗をかいていた事を知った。

そりゃそうだ。何度も死にかけたんだから汗くらい出る。それだけの緊張感をもってして、これだけ動けてたら十分じゃないのか。と心の中で毒づいたが、内科ロビーの光景を見たら、とても言い出せるような心境じゃなくなった。


「動きは封じるから、完全に止まったら頭割って!」


 入ってきた俺にすかさず気付き、指示を飛ばす常坂の両手には、俺に怪我を負わせた時と同じ、連ねて縄上にしたトラバサミ。ただし片手に3本は持っている状態。それなのに腕の動かし方で巧みに操り、怪物の4本の腕と首元を固定していた。

俺が苦戦を強いられた長い指はトラバサミで何度も食いちぎられて短くなったようで、肉片が床中に広がっている。心臓の弱い人間なら確実に卒倒ものの地獄絵図。

そう何度も肉体蘇生や分裂は出来ないのか、怪物にまた腕を増やしたりする気配はない。


「こっちに来い!最初にあった方の頭を割らなきゃ意味が無い!後ろのはダミーだ!」


 目ざとく俺が奥の頭を狙っているのに気付いた常坂が叫ぶ。口調がもう完全に余裕なくなってないか。それとも相当俺の戦いぶりにイラついたのか。網をぶち破らせてしまったのに関しては俺が悪かったが、武器が斧なんだから仕方ないだろ。多分だけど、長瀬さんは細身な剣か、銃だったんじゃないか。

思いながらも怪物の前方に回り込む。

弱ってきたからか、蒼白な怪物の顔を見て、もう戸惑いは無かった。

邪魔を取っ払った状態で晒されている頭に照準を合わせて両腕に力を込めた。

「え!」

声を上げたのは、力を込めた刹那、大ぶりとはいえ、まだ常識的な斧のサイズの範疇だった武器が、漫画やゲームにしかあり得ないサイズに巨大化したからだ。


「最初からこうしろよ!」


俺は叫ぶし、常坂も初見のようで驚いた表情をしている。が、怪物も都合良く待ってくれたりはしないので次の動作に移る。

常坂が怪物の身体に食いつかせたトラバサミを足掛かりにして、頭に届く位置まで駆け上がり、自分の背骨大はある巨大な斧を一気に頭上まで振り上げる。

どうやって構成されているのか不明な斧はサイズが変わっても重さは変わらず、むしろ視覚から脳に重いはずと信号が送られているのに、事実が伴わないが為に軽く感じられた。


「成仏してくれ!」


怨霊前提の声かけと共に斧を振り下ろす。その軌道は、今度こそ真正面を捉えた。

壮絶な断末魔をあげて怪物が崩れ落ちる。

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