躊躇

「頭を狙って!」


 奥で、常坂が叫びながら移動する気配がした。

頭を狙って。とか、ゾンビ映画みたいだな。と冷静な自分が呟く。

トラバサミに囲まれた怪物の頭を狙えとは、かなりの難題だ。まあ、この網が無かったら俺はさっき攻撃をくらって、運が悪けりゃ死んでただろうから、あながち邪魔とも言い切れないけど。

そういえば、このゲームで死者って出た事あるのかな。覚えてたら今度訊こう。どうせこの怪我なんだから当分はこっから出られない。おそらく転院もできないように裏で手を回すに違いない。


「……おっと!」


 トラバサミ網の拳ほどもない隙間から指の連なったのが4本、一直線に俺の頭や胸を突きに瞬間的な速さで伸びてきて、コレ絶対死んだ人いるわ。と確信した。

昔、ほんの1ヵ月だけ体験で剣道を習った事がある。

防具の臭いにやる気が失せて、結局本格的には習わなかったわけだが。


「面の要領でやりゃいいんだよな。」


 と斧なんて使った事の無い平凡な男子大学生は呟いた。

長過ぎる腕が中で絡み合っているから、頭の位置が遠い。どうやってトラバサミを超えて攻撃するかは瞬時には思いつけないが、止めの刺し方だけは想像しておく。

とりあえず、蜘蛛の足みたいに伸びる指が向かってくるので、動かないわけにはいかないのも事実。

動きながら考えるなんて芸当、それほどやった事が無いから思考に時間が割けない。


「援護するから!狙って!」


 後ろから声がして、常坂がこっちに移動してきたことを悟る。

声と同時にトラバサミが宙を舞う。

トラバサミってアイデア次第でこんな風に使えるのか、と舌を巻くぐらい上手く組まれたロボットアームみたいなトラバサミを繰り出して、常坂が腕の2本を押さえた。あとの2本と指4本が、その捕らえられた2本を外しにかかろうとトラバサミアームに向かって伸びる。

いまだ!と思った。腕を広げる事に必死になっていた怪物の頭を庇う物は何もない。常坂も俺が動いたのに合わせて網を引っ張り、トラバサミと怪物の頭との隙間を無くす。

間合いを詰めて、腕を振り上げる。

後は狙いを定めた斧を振り下ろすだけだった。

けど、人間の顔をしている敵の頭を割る。これが全く違った外見の怪物だったなら、きっとこうはならなかっただろう。

頭を狙えば当然、怪物と目が合う。先程まで目が合う度に怖かったのが、自分が相手を殺す側になってみると、襲ってきた感情は恐怖ではなく迷いだった。突然、怪物が怪物に見えなくなったのだ。敵の全体を見れば、明らかに怪物なのだが、頭に集中していて、ましてや目線が合っている状況。敵の表情しか見れていない状況では、一瞬、自分のやろうとしている事が敵を倒す行為ではなく、殺人にしか思えなくなった。


「……っ!」


条件反射の形で、俺は斧の狙いを頭から外してしまった。そう、戦う前も立ち向かう時も、頭では解っていたつもりだったのに、俺は完全に失敗した。

その失敗は頭を割れなかった事だけじゃない。

咄嗟に避けてしまった先にあるのは当然トラバサミ。しかも4つのトラバサミが噛み合っている結構重要な箇所に当ててしまった。

この不思議な武器が、武器同士で壊し合いできるという事がこの時点で判明した。

バラリ、と鉄の塊のような見た目の割に、案外脆くトラバサミは崩れた。

たった一部の決壊だったが、怪物は見逃さず、そこに腕を押し入れて広げ、ついには網をぶち破った。


「澤口君!」


 心配してか、何をやっているんだという怒号か、常坂の叫び声が聞こえたが、その声の方を向く余裕はなかった。

最初背丈が女性位だった怪物は、今度は足を伸ばして天井につきそうなほどの巨体になっていたからだ。

頭は小さいのに肩幅は異常に広く、さっきの迷ったのが何でだったのか自分でも理解できなくなるくらい、おぞましい姿で俺を見下ろす。

コレのどこを人間だと思ったんだ、俺は。と後悔しても遅い。

怪物は鞭の様にしなる指で俺の腹を狙った。今度も突こうとしているんだと勘違いして、避けただけで走って逃げなかったのはまたしても判断ミスで、伸びた指の鞭は俺の胴に絡みつき、かなりの力で振り飛ばした。

壁に激突する寸前でコンクリートよりは固くない物にぶつかり、勢いがだいぶマシになった。


「…っ常坂!」

「敵に情けかけるとか、馬鹿か!」


常坂は庇った割に怒り心頭な様子で、顔にかかる髪を梳き上げる。

次の一撃がきて、俺は今度は常坂の腕に胴を抱えられて反対側の壁際に避ける事になった。

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