凄い勢いで振り下ろされた雫さんは「きゃっ!」と短く叫んで宙を舞い、ぶつかる直前にがばっと開いた箱の中に飲み込まれた。飲み込むと同時に箱が生き物の様に動き出し、閉じ込める様に蓋を閉め、ロックをかける。


「城崎さん!何してんだよ常坂、開けろ!」


 大声をあげながら箱に駆け寄って錠に手をかけるが、びくともしない。

振り返った先の常坂は極めて冷静な表情で箱を見つめている。その様子からして常習的に行われている事なんだという事は察しが付く。どおりでナースが皆一日で辞めるわけだ。


「必要な事なんだ。」


 常坂が眼鏡を中指で押しあげたタイミングで、箱の中から雫さんの悲鳴があがった。


「カッコつけてる場合か!中で何が起こってるんだよ!」


 どうやっても蓋は開かないというのは理解できたので常坂に掴みかかる。


「それが、どの子も話したがらないから全くわからなくてね。ただいつも着衣に乱れが見えたから、多分何かエロい事でもされてるんじゃないかな。」

「はぁぁっ?」


 ぶっ壊してやる!と振り返った瞬間、悲鳴が止んで箱が光り出した。

暗さに慣れた目には眩しすぎて、思わず左手で目を庇うと、その手にずしりとした重みがかかる。

光は数秒で収まり、まだチカチカする目で手元を確認する。


「斧?」

「おお!よかったじゃないか!まともな武器で!」


 後ろから声がかかって目を向けると、常坂の手にはトラバサミがあった。


「本来敵によってランダムに変わるんだけど、何故か僕は毎度トラバサミでね!ジジイ連中は銃や剣出せるんだけど、いかんせん歳だから医者サイドは僕がやらざるを得なくてさ。」


 そう言って海外ドラマ風に肩を竦めて見せる常坂。

ジジイ連中っていうのは他の医者達か。医者サイド、それなら俺は患者サイドで、二人一組であの化け物を倒さないといけないわけだ。やっとルールが見えてきた。


「僕、前世で何か悪い事でもしたのかな?」


 と呟いている常坂に、前世じゃない、今だ。と心の中でツッコんだ。


「あの化け物を倒せば箱は開くようになってるよ。それ以外で開ける方法は僕もまだ知らないんだ。」


 いよいよ不参加の選択はできなくなってきた。あの化け物と闘わないといけないのか。そう思うと敵の映像がフラッシュバックして、再度込み上げてきた吐き気を飲み下す。


「僕はそこの廊下に罠を張っておくから、君はこの病院を一周して時間を稼ぎたまえ。」

「はあっ?今から戦うんじゃねーの?」

「戦えないよ、僕の武器トラバサミだよ?」


 と掲げて見せるのは本当にただのトラバサミ。若干大ぶりな型で刃は尖ってるけど、敵の大きさからして到底ひっかからない。


「なら俺一人ででも先に攻撃して、お前は気が逸れてる間に仕掛けろよ。」


 気が急いて、話している時間すら勿体ない。と、さっき敵がいた方向に足先を向けるが、常坂は否定的だった。


「行き当たりばったりで未知の化け物を倒せる特別な身体能力があるんなら止めないけどさ。曲がりなりにも数こなしてきてる僕の経験と知識を生かした方がいいんじゃないかな?」


 聞きながらも、走ってきた通路から目線を外そうとしない俺の様子に、聞く耳持たなそう、と判断したのか本音を漏らす。


「この病院に君の代わりに戦える患者が今はいない以上、失敗が許されないんだよ。なるべく確実な方法で倒したい。」


でも結構時間かかるんじゃないのか。と、ちらと目だけで訴えると


「言い争ってる時間も城崎君は何かされているわけなんだけど。」


 その事実に全く頓着しない常坂とは対照的に、こちらは大ダメージを被る。もう聞こえてこない悲鳴は、叫ぶ必要が無くなったからなのか、叫べない状態だからなのか、箱の外側からでは知る術がない。

一刻も惜しいからこそ、急がば回るべきなのかもしれない。と、俺が常坂の指示に従う方向で考えをまとめているとは知らない常坂は、眼前に手を合わせて頼み込む。


「頼むよ、この病院の全患者の為に戦って欲しい。」

「それは無理。」


 悩む素振りも無く言い切った俺に常坂がピクッと眉を吊り上げた。


「話した事も無い他の患者の為とか言ってたら、いざって時に怯むよ。知らない人間の為に命かけれる程、俺は聖人じゃない。俺はただ一人、城崎さんの為に戦う。」


 その返答に、常坂は満足そうな笑みを浮かべる。


「いいね、その方が僕も信頼できる。」


 言った後に、あれ?と思い出したように付け加える。


「ところで僕も話した事あるんだけど。」

「お前は知ってるからこそ助けたくない。」


 ヒドイね!と叫ぶ常坂をほっといて斧を握り直す。

作戦が決まったのなら、あれこれ考えている暇なんてない。とにかく実行に移すのみだ。

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