遭遇

 上半身が横に斜め45度傾いた女性っぽいものは、奇妙な動きをしながらその場で回り始めた。


「うん、まずいね。城崎君がいない。」


 ほんとにまずいと思っているのか微妙な声音で常坂が言った。

待てここに呼ぶな。昼間の事があったからじゃなく、化物の居る場所に女性を呼ぶとは何事だ。


「まさかと思うけど、ここに城崎さん呼んだのかよ!」


 声量をコントロールできる程余裕が無く、そのままに不満をぶつけると、常坂はしーっとポーズで示す。声小さくとか言ってられる状況か!もし雫さんがアレに出くわしたらどうする!


「あ、気付かれた。」


 俺の抗議を全く無視して常坂が言うのと、それは同時だった。

あまりの速さに色しか判別できず、反応すらできなかったのだが、常坂が後ろに飛び退った事で、あの化け物が攻撃してきたのだと理解した。

そう、気持ち悪く伸びた腕で。胴体は立っていた場所から、まだ一歩踏み出したところだ。

 ついでに言うと、伸びてきたものが腕と呼べるのかも疑問。

初見では、なんかブツブツがいっぱいある腕だと思ったのだが、よく見ると鱗のようになった爪に気付く。肌に浮き出たブツブツじゃなく、指だ。

無数の指が絡み合って腕のようになっている。

それを把握した時に、自分に向けられている視線に気が付いてしまった。 ほとんど反射で、その目線を見返すと、その先には首のねじれた頭。

肌の色は健康な者のそれではなく、血の気がない死人の肌。目も薄っすらとしか色が無く白目を剥いているのかと思う状態。口は苦痛に歪んだような形で固まっているようだ。

まだ生きている人間の苦しんでいる顔を見る時は、こちらも胸が苦しいような感覚になり、嫌悪感は湧かないものだが、死人の苦し気な顔は恐怖や嫌悪感をもたらした。

 ぞっとして後ろに退こうと目を逸らせば、先程の気持ち悪い指の塊。しかも指先が床にめり込んでいる。コンクリートの床に5センチは埋まっている。体にくらったら確実に死ぬ。混乱してぶつ切りな思考でも、それだけはわかる。


「おい、常坂…、」

「城崎君がいないと戦えない。一旦退こう。」


 後半には賛同するが、前半部分は承服しかねる。ミシミシ…という湿気った古い木を力任せに割る様な音がして音源を見ると、先程の女性の頭が分裂していた。それになんか、体の横幅が広がっている気がする。

増えた頭は元の頭と反対を向いていて、元の頭との間が胸元の辺りまで裂けた。

そこから新たに大量の指が蠢きながら現れ、もう一組、二本の腕を構築しようとしている。上半身が二人分ってわけじゃなく、二つ互い違いに向いた頭の間に指がわさわさ生えてる感じ。

想像しにくい事だろう。俺も今初めて見た。説明しにくい。

ところで、その生えてきている間も回っているのは一体何なのか。


「なぁ…、」


俺が声を発した瞬間だった。新しい腕が二本とも俺の頭を狙って驚異的な速度で伸ばされる。目を貫く寸前、常坂に首根っこを掴まれて、常坂側へ引き倒された。

見れば化け物の二つ共の頭が、完全にこっちを向いている。眼が合った途端、恐怖か気持ち悪さか、全身の毛が総毛だった。

常坂の分かりきった指示を待たず、俺は真っ直ぐ元来た道を走り、常坂も追従する。

その際に、常坂は胸元のボールペンを反対方向に放り投げた。

カツン、と軽い音がしたあと、またもコンクリートを砕く音がして、心臓が縮みあがる。

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