夜
結局、俺はその後ずっと雫さんを避けて病院内を逃げ回り、普段よりずっと貴重な一日を棒に振った。
それというのも、雫さんは病院内を見て回るのが今日の仕事なわけで。
病院内を歩き回る方が危険か。と思い至って病室に戻って寝支度していたら、心配していたのか雫さんが様子を見に来る事態になり、一階へ退避。
これがまずかった、と今では反省している。単純に寝たふりすれば良かった。
結果、寝ると言って出て行ったはずの俺がいない事に気付いた雫さんが俺を探し始め、事情を知らない医師や看護師達がヒントを与えまくるが故に、走って逃げ回らないと見つかりかねない状況に陥った。
そして予想外に雫さんは粘り強いタイプだった。
日が暮れても探すのを止める気配が無く、施設内マップでは分からなかった行き止まりに追い詰められる程。
もう見つかる!というギリギリのタイミングでピッチに連絡が入り、雫さんは緊急の患者の処置を手伝いに去った。
恐るおそるその場を離れて、雫さんの話で俺を探し始めていた他の看護師を避けて通ってベッドに戻ると、時計は10時を回っていた。
なんだ、ゲーム不参加にできるんじゃん。と息を吐いたのも束の間。
「待たせたね澤口君!」
と言いながら、ドアを割れそうなぐらい勢いよく開けて入ってきたのは、言わずもがな常坂だ。
病院のドアって普通あんな高速で開かない。と起き上がり、ドアの様子を窺うも、ずかずか進んでくる常坂が邪魔でドアの方が見えない。
「いやぁ、まいったね。急患が入っちゃってさ。」
と、口調はゆるい感じで言いながら俺の手首を掴む。
「さあ行こうか!もう時間が無いんだ。」
言ったかと思うと、肩が外れるんじゃないかってくらい強い力で引き起こされる。瞬間「うわっ!」と短く悲鳴が漏れるが、見た目の割に焦っている様子の常坂の耳には入らなかったらしい。
「ちょっと待てって、俺は不参加って言ってるだろ。」
「強制参加だって言ってるでしょ。」
間も空けず返ってきた文句に、カチンときて足をつっぱったが止まらない。
案の定ぶっ壊されていた病室のドアは外れて床に突っ伏していた為、病室から廊下を隔てる物は一切なかった。
抵抗むなしく病室を連れ出されて、廊下を引きずられるように移動する。
一体何を急いでいるのかと思うほど足早な常坂に、抵抗どころか転ばないよう追いつくだけで精いっぱいな有様だ。
「行かねーっつってんだろ!」
叫びながら腕を振りほどこうとするが、びくともしない。
何だコイツ、と疑問に思う。パッと見、自分と変わらない細い腕の、どこにこんなに力があるのかというくらい、固く拘束されていて、振ろうといくら力を入れても動かない。日頃一体何をしていればこんな腕力が身に付くのか。
「あー、いたいた。」
と、事も無げに常坂が言って、俺はその視線を追う。
視線の先には不自然に傾いた女性が立っていた。
女性の周りだけ、照明が切れているのか薄暗い。そう、ホラー映画の病院ってこんな感じ。
そう思うと気味が悪いので頭を振って打ち消し、安心するために女性の、傾いている為か、ちょっと変な位置にある頭に注視する。
こっちを向いてもらえば、とりあえず問題ない普通の人間だと確認できる。そこで冷静さが顔を出した。
体がこっちを向いてるのに何故後頭部が見えているのか、と。
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