違い

「手術にはこの病院に無い道具が必要で、明日が来ないと届かなくて手術ができないから、リナちゃん弱って死んじゃうって常坂先生言ってたんだ。」

「他所の病院行け。」


 端的な本音が口から飛び出した。すると俺の素に驚いて固まった少年の代わりに、雫さんの方から返答が返ってくる。


「リナちゃん、他の病院で受け入れ拒否されて、ここに搬送されて来たらしいんです。」


 言った言葉に取り返しはつかない。下手に修正をかけるより、ここは素直に謝るべきだろう。如何にして目の前の子どもを泣かせたり怒らせたりせずに会話を終わらせるかに重点を置いて頭を巡らせる。


「悪かった、必ず勝つよ。約束する。」

「絶対だよ!なるべくすぐ倒してね!」


 そこは相手にもよるけど。と思ったし、そもそも相手の患者が可哀想じゃないのか。とか、やっぱり何で手術に関係あるのかわからない。とか、色々思う事もあったが、俺の全演技力をかけて作った真面目面で頷いて返す。

それを見て納得してくれたらしい少年は、やるべき事はやった!といわんばかりの達成感に満ちた表情で踵を返し、病室を出て左の方向へ、点滴が揺れ過ぎないよう管を押さえて掴みながら、早歩きで去っていった。

 後を追いたくはないが、一番に小児科が見たいという雫さんの希望を聞き入れるのであれば同じ方向だ。

あいつ走ってくんねーかな。とか心の中で不満を訴えながら、追うように歩き出した雫さんに並んで歩を進める。

 雫さんはと言えば、「きっとあの子、リナちゃんと仲が良いんでしょうね。」と何やら嬉しそうに持ちかけた。

先程の少年のゲームに関するバイオレンスな発言は脳内から削除されているらしい。


「子供好きなんですか?」


 質問するか脳内議論する前に、口から滑り出た。


「はい、すごく。」


 だろうなぁ、と微笑ましそうに少年を眺める姿を見て思う。その後に来た「澤口さんは?」という質問に対しては「別に好きでも嫌いでもない。」と浮かんだ正直な返答を喉の奥に叩き込んで「好きですよ。」と返した。


「保育士さんとか似合いそう。」


 思った事をまんま口に出してしまっていた事に、肉声として聞こえてきた事で気付く。

看護師になった人に何言ってるんだ。と歯噛みしたが、予想外に、雫さんは喜んだ。


「そうですか!?嬉しいなー。私、元々は保育士志望だったんですよ。」


 思わぬところから飛び出してきた話題の種に便乗しない手はない。


「そうなんですね、なんかイメージ通り。優しい先生になってそう。

 でも、何で看護師に?」

「働きだした保育園で入院してる子がいて、

 私が届けに行くから皆で寄せ書き書こうって事になったんですけど。」


 話しながら歩いている間に、内科を通り過ぎた。

意識的にゆっくり目に歩いていたので、もう見えなくなっていたが、さっきのチビな少年には結構な距離なんじゃないか。と、ふと思う。

歩幅も狭く、点滴という邪魔者付きでこの距離を歩いてきた事を鑑みると、自分の発言は少々キツかった気がした。

だからどうするってわけでもないけど。と思考を止め、雫さんの話に耳を傾け直した。


「その子寄せ書き見て、喜ぶより、さみしいって泣きだしちゃって。」


 そりゃそうだろうな。と素人ながらに考える。

保育園の方が遊び相手がいっぱいいて、明るくて楽しくて。病院でも明るくはしてるだろうけど、やっぱり皆病気と闘ってる子達だから保育園の時みたいに気兼ねなく何でもして遊べるわけじゃないし、今まで遊んでいた友達にもなかなか会う事が出来ない。親ですらずっとは居てくれない。それで、まだ小学校にも上がっていない子供がさみしくないなんて言うのは嘘だろう。


「病院でも楽しく居られるようにしてあげたい。って思って、短大入り直して。」


 大事な話の途中なのに、あれ、雫さん結構年上?とか考えてしまうのは、雫さんの個人情報を上回るだけの、子どもへの興味がないからだろう。

 でも、と雫さんが伏し目がちになり、


「実際小児の看護師になってみたら、辛い事が多くて。思ってたみたいに出来なくて。」


 苦笑する雫さんに、違う事を考えていた俺は何と言っていいのかわからず、とりあえず神妙な顔を作って相槌を打つ事に徹する。


「それで、この病院の話を受けたんです。」

「え?この病院って何かあんの?」


 予想もしていなかった話の展開に目を丸くして雫さんを見る。勝手な推測で、ここは足がかりに過ぎないんだろうと思っていた。


「ここは男の先生だけなのに、小児病棟の子ども達が誰も不満を漏らしたことが無くて、何度も来たがる子もいるくらい、大人気なんです。」


 病院なのに?と疑問が浮かんだが、だからこそ凄いと評価されているのだ。と、つっこまれかねないので言わずにおく。


「その理由が知りたくて、ちょっと変わった内容だったけど、志願したんです。」


 ちょっとなんてもんじゃないけど。と思いながらも邪魔はせず、話を促す。


「その小児科を仕切っているのが、さっきの常坂先生なんです。」


 瞬間、え、やっぱり雫さん常坂の事?という疑問と、小児科医が何で俺の担当医?俺小児扱い?という疑問が同時に沸いて、どちらを先に訊くかせめぎ合った。


「じゃあ、常坂…先生の事、好きなんですか?」


 やっぱり最優先はこっちの質問だ。先生をつけるのに、これほど抵抗感がある相手が恋敵なんて事になったら腹立たしい事この上ない。と、呼び方にばかり意識がいっていて、肝心の問いかける内容がストレート過ぎた。もっと尊敬してるのか、とか言い回しがあっただろう。と後悔が早くも押し寄せてくる。


「へっ?好きっていうか、今日会ったばかりですし…、えっと、常坂先生変わってるけどイケメンだって評判だし、多分彼女いますよ。」


 こういう話題に慣れてないのか、それとも図星だったからなのか、雫さんは明らかに狼狽した。なんか、まんざらでも無さげなのが非常に不愉快。それに、もしいなかったら立候補するのか。

ねじくれた解釈で口を尖らせていると、小児科から割れんばかりの拍手が聞こえてきて目をやる。

 見た途端に後悔した。

さっきの少年も含めて、その部屋にいたのは未就学児から高校生まで年齢様々に18名。その誰もが屈託のない満面の笑みを浮かべている。思春期だろう中学生も含めてだ。

笑わせていたのは、件の常坂。道具を一切使わずに、本職そっちなんじゃないのかってほど秀逸なパントマイムをして見せている。

 黙っていればクールな印象のイケメンが恥じることなく変顔をするのだから、ギャップもあってソレだけで面白いのに、妙に切れのいい動きで老若男女問わず演じる。暫く見ていて、ただパントマイムしているのではなく、それが1人5役の劇なんだと理解した。

台詞無しで5人演じていると把握させるだけの演技力には舌を巻く。

そして、紙芝居や絵本を使ってもいいはずの事を、全身使って表現する事で、小さな子供にも関心を持たせているんだと察する。

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