病院の謎
「すみません、つい……、」
フォローしようにも何と言ったものか。と言葉を濁していると、雫さんも眉をハの字に下げて、なんと説明したものか、と頭を悩ませている。
「仕事の内容も、ちょっと変わってて、澤口さんの処置以外、今日は一日病院内を見て回るだけでいいって言われてるんです。」
なんだそのバイト感覚。つか、何で俺だけ?と盛大に顔を顰めたが、いや待てよ?と視点を変える。
それって二人で病院内を回っても良いって事にはならないか?と。
病院デートなんていうのじゃ当然ときめかないが、そこは仕方ない。
話せる時間が引き延ばせるだけでも儲けものだ。
「あの、一緒に回らせてもらってもいいですか?」
「はい、勿論です。」
あまりにあっさり承諾してもらえたものだから、食い下がるセリフを練っていた脳みそがショートしかける。
「私、小児科の様子が見たいので、そっち方面からでもいいですか?」
「あ、はい。全然、いいです。」
不自然なカタコトで応えながらベッドを降りる。
雫さんがカートを片付けて戻ってきたタイミングで部屋を出ると、
「お兄さんが今度の勇者様なの?」
という幼い声がかかった。発信源は腰の高さ。
まだ小学生にあがる前か、それくらいの点滴を連れた少年だった。
「ナガセさんの代わりに入院しに来たの?」
その名前には聞き覚えがあった。この病院に搬送されてきた時だ。
やっぱりあれは夢じゃなかったのか、と残念な気持ちで声の主に視線を落とす。
「ナガセさんは何やってたの?勇者様っていうのは夜のゲームの事かな?」
「うん!」
おおよその見当をつけて質問すると、弾んだ元気な声が返ってきた。
「ナガセさんは骨折で1ヵ月半入院して僕らを守ってくれたんだ!」
骨折で1ヵ月半?どんな複雑な事情があればそんな長期入院になるのか。ぞっとする。
「1ヵ月半は長過ぎますね。」
と背後で聞いていた雫さんも同意見を示した。
「んとねー、足の骨折でしょ?敵にやられて腕の骨折でしょ?あと、あばらが一本折れたって言ってた!」
怖っ!と身震いする。敵って何だ。事も無げに指を折って列挙する少年が、何かおぞましい存在に思える。
「敵って?どんなの?」
「んとねー、日替わりだから今日のはわかんない!」
また日替わりか!ここは定食屋かなんかか!と脳内ではツッコミを入れるが、せっかくの情報源を逃すわけにはいかないので作り笑いの面を維持する。
「こないだは末期の胃ガンって言ってた!」
「は……?」
今度こそ「なんだそれは!」と言いたくなる発言だが、すんでのところで精一杯抑えて、気の抜けた音を発するに留まった。
患者同士で戦わせるのか?どんな病院だよ。末期の胃ガンの患者と骨折してる患者のバトルを観戦する子どもの図式に理解が追いつかず、遂に俺は言葉を失った。
雫さんもどう解釈すればいいのか、とぽかんとしている。
「勇者様が来てくれて、本当に良かったんだ!」
俺たちの様子に頓着せず、少年は続ける。
「明日リナちゃんが手術だから、絶対勝ってもらわないといけないんだ。」
手術とその気の狂ったゲームに何の関係があるのか。と眉をひそめるが、少年の眼は真っ直ぐに俺を見つめている。
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