第19話 思いと決意
この日の会議室はいつもと違って見えた。
会議の参加者も座席もいつもと変わらない、変わったものがあるとすれば、僕自身だろう。
いつものように皆のやり取りをただ傍観するのではなく、今日は僕が主体となり初めて参加する形となる会議になる。
全員が真剣な目をしてこちらに注目している中、僕は一度深く呼吸をすると、一人一人に話すように、周り全体を見渡しながら、G組との密談の内容を皆に伝えた。
改めて内容を口にすると、とてつもなく恥ずかしく、苛立ちを感じ、自分でも所々言葉が震えているのがわかった。
僕が内容を伝え終えると、会議室全体が一度、沈黙に包まれた。
皆、怒りが見て分かるほど表情が強張っており、怒りに体を震わしている人もいた、しかし誰もその思いを口にしようとする者はいなかった。
そして、しばらくその状況が続いた後、その沈黙に耐えられず破ったのは意外な人物だった。
「……許せない。」
そう口にしたのは青山君だ。
「そんなのふざけてる!みんなもそう思うだろ⁉︎」
感情的になった青山君が立ち上がり皆に問いかける。
しかし、誰もが感情を押し殺す様にだんまりを決め込んでいた。
別に青山くんの考えを否定し ているわけではない、本来なら皆も乗っかり、賛同しているところだろう。
しかし現状を考えると、そう簡単には頷くことができなかった。
もし断れば、G組とF組からという二つの組から狙われることになる。この状況下でそれはかなり厳しい状況だった。
青山君はそこまで頭が回っていないのかも知れないが、逆に今回はその純粋さが羨ましくも思えた。
いつもなら真っ先に声を上げる若田部君達すらなにも言わない。
それがなにを意味しているのかを僕は理解した。
そして青山君を無視して飛場さんが話を進める。
「……それで?組長はどう考えているの?」
「……僕は――」
「考えるも何も選択肢は一つしかありませんよ。」
僕が答える前に百瀬さんが口を開いた。
「今の状況を考えればどうするのが組にとって良いのかなんて考えるまでもありません、組長さん、その話、受けてください。」
「百瀬さん……」
皆が百瀬さんに注目する。
「そ、そんな、駄目だよ!こんな話!」
「青山さん、ありがとうございます。でもいいんです。この学校に入ることを決めた時からもとより覚悟は出来ていましたから。」
百瀬さんはそう言うと一度目を閉じ、思い返すように自分のことを語り始めた。
「私の家……百瀬組は恐らく、この学園で最も小さく立場の弱い組です。非道になりきれない父は、いつも限られた仕事シノギで最低限の献上金を払っていましたが、金額は少なく年々立場が悪くなって行く一方です。父は私をこちら側に巻き込みたくなかったらしく、私自身、今まで争いとは無縁の世界で生きて、高校も本来なら普通の学校に通う予定でした。そんな私が父の反対を押し切り、この学校に入学したのは、血の繋がりのない私を、実の娘のように育ててくれた父に、この学校で生き残り、立場の確保と人脈を作る事で、少しでも恩を返したいと思ってのことです……そしてそのためにはどんなこともするつもりでいました。」
ゆっくりと丁寧に、自分の事を語る百瀬さんからは、溢れんばかりの決意がヒシヒシと伝わってきて、皆もただ静かに聞いていた。
「特に容姿に自信があるわけではありませんでしたが、少しでも位の高い人に取り入るためならと、そういう事も考えていました。そんな中、なんの役にも立たない私を大幹部である前組長の、桐嶋さんが声をかけてくてくれたのは奇跡と言っても過言ではありません。だからこれ以上望むのは贅沢なんですよ」
「そ、そんなことは……」
「それに私、嬉しいんです、やっと皆さんの役にたてるとき来たんですから、一番立場の弱い私が皆さんの盾にならなければいけないのに、私はずっと守ってもらって来ました、そして今、私が皆さんのためにできる事があるなら私は喜んでお受けします。私が役立つことで初めて組の一員になれる、そんな気がするんです。皆さんと同じ極道の子供として。」
「アヤメ……あんた……」
ツンコさんが悲観な表情を浮かべ、何とか言葉を振り絞るがその後が繋がらない。
そして、ツンコさんを心配させまいと、百瀬さんが優しく微笑む。
「安心してください、ツンコさん、大丈夫です、今の話を聞くと編入とかではないので普段は皆さんといられますから。だから、また料理を手伝いをお願いしますね。」
いつもの様にニコリと微笑みながら話す百瀬さん。
しかしその笑顔こそが余計に、皆の心を抉った。
百瀬さんの言葉を聞くと興奮していた青山君も言葉をなくした。
「……若田部君たちは知ってたの?」
先程話を聞いて声を上げなかったのはあらかじめ知っていた、と僕は予想した。
僕がそう問いかけると若田部君を始め、数名がバツの悪そうな表情を浮かべる。
「ああ……俺と片瀬、喜田と秋山は前の会議の時に京香に先に聞かされててな」
会議あのの時、最後に集まっていたメンバーだ。
「アヤメから相談があってね、万が一ってことも考えて、先に好戦的なメンバーには伝えておいたの。」
「若田部さんたちなら多分話を聞いたら、この場で反対してくると思って。」
「そんな……止めなかったの⁉︎」
青山君が少し怒りまじりに問い詰める。
「止めたに決まってるだろ!……でもな」
「アヤメの覚悟を聞いたらなにも言い返せなくなって……」
そう言われると他の人達も黙り込む、皆も先ほどの百瀬さんの言葉を聞いて何も言えなかったので責めることはできなかった。
「そう言うことです、だから組長さん、遠慮はせずにこれらの話をを全て踏まえて決断してください。」
もう周りは全てを受け入れていた、きっと百瀬さんは僕が躊躇わないように、念入り準備していたんだ。
初めに若田部君たちを説得しておいたのもそう、この場で皆が反対しないなら、この話を受けやすくなるから。他の人達に話をしなかったのは、この場で説得できると考えていたからだろう。
現に僕も自分の決断を躊躇わせてしまう状況だった。
彼女がそう望むなら、と……
だが、それと同時に今日言われた言葉が頭をよぎる。
――僕がが意思を曲げなければ負けることは無い……か
あの人の言う通り、どれだけ説得しようがやはり最後は僕に言葉を求めてきた。なら……
「……わかった、今までの話を踏まえて僕の考えを言わせてもらうよ。」
百瀬さんが静かに眼を閉じ、皆も僕の言葉を静かに待った。
空いた時間は十秒もないのにその間合いは、とてつもなく長く感じられた。
皆の答えが満場一致しているであろう中、僕は一人、その空気を切り裂いた。
「……僕はこの話を断ろうと思う」
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