第20話 話の行方

 「……え?」

「今、なんて?」

「僕は、この話を断ろうと思う」


 聞き返された言葉を僕はもう一度、今度はさっきよりも力強く言い放った。


「な、なに言ってるんですか⁉︎」


 驚きのあまり百瀬さんが机を強く叩いて、勢いよく立ち上がった。


「組長さん、今の状況をわかっているんですか⁉︎もしここで争えばこの組が潰れるかもしれないんですよ?」

「わかってるよ。」

「じゃあ、そんな決断になるはずがありません!」


 普段大人しい百瀬さんの荒げる声に周りも思わず呆然とする。

 僕はそんな百瀬さんの力強い眼差しに負けないように、目をそらさずしっかりと反論する。


「うん……わかってる。今がどんなに厳しい状況かも、それでもここで、この話を受ければ僕はきっと後悔してしまうから、僕は後悔しない選択をしたい。」

「組長……」

「そ、そんなの納得いきません!私、嬉しかったんです、今まで何もできなく、ただずっと守られてばかりでやっと皆さんの役に立てると思っていたのに……組長さんは前に言いましたよね?一人が仲間のために戦うのも時には必要だって、私にとっては今がその状況なんです。」

「確かに僕はそういった。でもあの時は理由はどうあれ僕が引き金で、僕の問題だった。でも今回は組全体の問題なんだ。だから組長である僕が決める!」


力強くそう答えると、百瀬さんは一瞬怯む、多分ここまで言い返されるとは思ってもみなかったのだろう。

現に昨日までの僕ならきっとみんなに流されていたに違いない。

しかし百瀬さんも負けずに食って掛かって来る。


「……組長はわかっていないんです!この世界ではこれくらいのことはよくある事なんです!」

「そうだね、僕は極道のことを何もわかっていない、でもだからこそ、僕にしか分からない考え方ができるんだ。僕は僕の考える答えでここを乗り越える。」

「その考えってどんなのですか?」

「それはまだわからない。」

「ほら、ないんじゃないんですか!それなら今ある方法をするべきなんです。」

「まだ決まってないだけで、これから探すさ、それに抗争だってまだ負けると決まったわけじゃないし、とにかく向こうに話に乗ると言うのだけは絶対にしないから!」

「こ、この分からず屋!」

「分からず屋で結構だよ!」


 普段は大人しい二人の、怒号が飛び交う中、皆はどちらの意見にもつかないまま、ただ僕たちのやり取りを静かに見守っていた。

そして誰も止めることない二人の会話はどんどんヒートアップしていく。


「大体私がいいって言ってるのにどうして、組長さんがそこまで嫌がるんですか⁉︎」


その問いの、答えに一瞬、戸惑う。

 いや、戸惑う必要なんてない、ただ嫌だと思った理由を答えればいいだけだ。


 僕は・大切な仲間であり、家族である百瀬さんを沖原くんなんかに渡したくない、ただそれだけだ。


「理由?そんなの決まってるじゃないか……」


僕も立ち上がり、その思いを勢いに乗せ、はっきりと言葉にして百瀬さんにぶつけた。


「僕の・百瀬さんをあんな奴に渡したくないんだぁ!」


 部屋中に響き渡る大きな声、勢い余って自分でも大きく出しすぎたんじゃないかと思ってしまうほどの声は、部屋中に響き渡った。


「……」


――……会話が止まった?


ここにきて再び静けさが起こる。


――わかってもらえたのかな?


そう思っていたが、そんな雰囲気ではない。


――僕が変なこと言ったのだろうか?


 僕は自分の言葉を思い返してみる。


……

…………

………………⁉


――言った、勢い余って思いっきり変なことを大声ではっきりと言ってしまった。


……言葉というのは不思議なもので一文字違うだけで大きく内容が異なってしまう。

僕が大声で言った言葉は、たったひとつの言葉で僕の考えていた思いとは違う形で伝わってしまった。


 そして次の瞬間会議室の声が上がる


「おおおおお!組長が告ったぞぉ!」

「いつの間にそんな関係になってたんだ⁉︎二人は⁉︎」

「なんだ!この胸熱な展開‼︎」

「え?あ、ちょっと待って⁉」


 皆の声に自分が言った言葉の恥ずかしさが、一気に膨れ上がってきた。


「しかし、なかなかやるねぇ、組長も」

「え⁉ちが、そう言うつもりうじゃ……」

「あんなに大声で言っておきながら何今更、恥ずかしがってんのよ?」


 先程までの空気が嘘のように皆が恋路の話で盛り上がる、こういうとこだけ学生のノリになるのはやめて欲しい。

 そして当事者の一人でもある百瀬さんは顔を真っ赤にしながら硬直している。


――ど、どうしよう⁉


 先程の言葉を訂正したいが、聞いてもらえる雰囲気じゃない。

 それに幸か不幸かさっきの言葉で皆の考えが一気に戦う側にまとまり始めていた。


「京香!今の言葉で、俺は決めたぜ、どういわれようが俺はG組とやり合うぜ!」

「俺もだ」

「恋路を邪魔する輩は再起不能にしてやるんだから!」

「組長とアヤメは……守る!」


 先程の言葉で決められるのは大変困るが、せっかくこっち側に着こうとしてくれてる皆に、言葉を訂正してわざわざ水を差すこともない。

 僕はその場から逃げ出したいほどの恥ずかしい気持ちを堪えて、皆の経過を見守った。


「私も、もちろん戦う派だよ」

「縁結びの人形合ったかなぁ?」

「ここで戦わないほど僕も空気は読めなくないよ」

「NTRはジャンル的に嫌いじゃないけど、それは二次元だけで十分だよ」

「もちろん、俺達三人は愛のために戦う、ヒーローとはそういうものだぁ!」


――ヤメテ!そう言う臭い言葉は本当に恥ずかしくなるからやめて!


「さて、私も戦う派だから、後は京香だけだよ?」


親友のセナさんが最後を締めると飛葉さんも観念したように小さくため息を吐いた。


「……わかったわよ、全くあんたたちはいっつもそうなんだから……」


 ブツブツと文句を言いながら困った表情をする飛葉さんも、口元は少し嬉しそうだった。


 もう誰も反対する者もいなくなり、さっきまでの辛気臭い空気は消え今では皆の目から迷いが消え一つの覚悟が芽生えていた。


「さあ、やると決めたからには絶っっ対勝つわよ!それしかもう選択肢はないんだから!」

「オラ、組長、最後はお前が締めろよ」


 若田部君に背中を押され、みんなの前へと出された。

 皆が注目する中、僕は少し息を吸って覚悟を決めると、さっきの声と同じくらい大きな声で叫んだ。


「よ、よーし!じゃあ、野郎ども!G組と戦争じゃぁぁ!」


 いつもの若田部君の見様見真似でした掛け声は、先程の失言と同じくらい恥ずかしく声が震えていたが、

 その後に寮中に響き渡った皆の今日一番の大きな声を聞くと、とてつもない勇気がわいてきた。


 そして、G組との抗争が始まる……。

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