第18話 迷いと出会い

 時間というのは無情に過ぎていく。

 あの密談の後からなんの結論も出ないまま、三度目の日曜日が訪れようとしていた。


誰一人密談あのの件について聞いて来る人はおらず、皆が何事もなかったかのようにいつも通りに振舞っている。

 きっとこれは僕から切り出さなきゃいけない事で、皆僕が決断するのを待っているのだろう。

飛場さんの言っていた苦渋の選択と言うのはまさにこの事を言っていたのだと確信した。


 だが返答の前日になっても、僕は未だに答えを出せていなかった。


皆が何も言ってこない。

それが僕にとっていい事なのかはわからない。

 みんなから言葉をもらい背中を押してほしいという思いもあれば、聞きたくないという思いもある。


 もし、皆んなが要求を呑むように言って来たら、最終的に僕が百瀬さんを自分の指示で、沖原君に渡さなければならない。


皆もそんな無責任なことを言えないから何にも言ってこないのだと思う。やっぱりこれは僕自身で決断しなければならないことだ。

ただ、まだ 僕には人を動かすほどの勇気も決意も持っていなかった。



 ――

 僕はただ、宛てもなく街中を歩いていた。今は学校のことを考えたくなかった。

 ひたすら現実逃避しながら、うつむき加減で歩いていると、前から来た人たちと肩がぶつかる。


「あっ、御免なさ――。」

「痛ってぇぇぇぇぇ!」


 時速五キロも出ていないスピードでぶつかったにも関わらず、向こう側が大声で態とらしい悲鳴をあげた。


「……あの。大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃねーよ、肩がうごかねぇー。」

「おいおい、これ、骨折してるんじゃねーか?」


 ガラの悪い若い男の二人組が大げさに騒ぎ始める。


「おい⁉連れが怪我したじゃねーかよ、どうしてくれるんだ!」

「は、はぁ……」

「はあ……じゃねぇよ!どう責任とるつもりだ!」


 余りにもベタな、脅し文句にどうすればいいかわからず、僕はただ困惑した。


「とりあえず治療費置いていけよ、そうだな……慰謝料も含めて、ざっと十万だな、無いなら家から通帳と印鑑、もってこい」

「……」

「おい、なんとか言えよ!もしかして、ビビってんのか?」


 不良たちがドスを効かしながら脅しをかけて来る。

 しかし、いつも本職の人達のいる紅学園にいるせいか、その脅しが余りにも幼稚で滑稽に見え、僕は思わず吹き出した。


「な、何笑ってんだ!ぶっ殺されてぇのか!」


 相手がこちらの胸倉を掴み威嚇して来る。

 何故だろう?もしここで喧嘩したところで僕が勝つことはまずあり得ないのに、相手に対し全く恐怖が湧かなかった。


「こ、こいつ……」


 僕が何とも言えない表情で相手を見ていると、一方的に攻めているはずの二人が何故か怯み始め、

 胸ぐらを掴んでいる男が、まるで焦るように、殴りかかってくる。

何もできない僕は、ただそれを受け入れた。……が


「おい、その辺でやめておけ。」


 男が振りかぶったところで、突如、後ろから止めに入る声が聞こえた。


 正直こちらの方が驚いた。今までこう言う経験は何度もあったが、皆見て見ぬふりをして、止めてくれるものなど誰もいなかったからだ。


 その声が聞こえた方に睨みを効かせながら不良達が顔を向けるが、相手を見た瞬間、二人の目が弱弱しくなった。


 黒い革のジャケットを着た男性は、立っているだけでただならぬ風格を見られた。

少し色の濃い鍛え抜かれた肉体に、茶髪に染め上げたソフトリーゼントの髪、そして鋭い眼光を放つ眼。

その姿を見て僕は堅気ではない事を確信した。

 そしてそれは一般人の二人ですらわかるほどであった。


「な、なんだよ、あんたには関係ないだろ。」


 先程まで粋がっていた二人が男性を前に怯え始め、急に声のトーンが下がっていく。


「弱いやつらがたむろって、弱いやつを苛めて、強く振る舞う、俺はそう言うのが堪らなく嫌いでな、見ていて不愉快なんだよ。相手なら俺がしてやるからかかってこい、その肩。本当に折ってやるからよ。」


 そう言って指の骨を鳴らし始めると男二人は危機感を感じたのか、一目散に逃げ出して行った。


「チッ、雑魚が」


 そう吐き捨てた男性は足元につばを吐く。


「あ、ありがとうございます。」

「礼ならいらねぇよ、俺が見ていて不愉快だったから追い払った結果、お前を助ける形になっただけだ。」


 そう言うと男性はフッと小さく笑う。

その姿に男の人が、自分の理想の組長像を重なった。


「それじゃあな」

「あ、待ってください!」


 行こうとする、男性を僕は思わず引き止める。


「あ、あの!もしかしてあなた、紅蓮会の方ですか?」

「お前、なんでそれを……まさかお前、紅学園の⁉」


 驚きの表情を見せる男性に僕は無言で頷いた。


「どこの組のやつだ?大体把握しているがお前みたいなやつは見たことないが」

「僕、一般から入って来た者で、今はB組で組長をやっているんです、良ければ話を聞いてもらえませんか?」


 僕の問いに男性は少し表情を曇らせる。


「B組の……少し場所を変えようか……」



――

 男の人に連れられ、僕は人気のない川辺沿いまで歩いていた、そこに着くと、土手の上に座り込み、僕は今までの経緯を話した。


 その人が聞き上手なのかはわからないが、僕は出会って間もないはずのその人に、密談のこと以外に、誰にも言えなかった不安や思いも話していた。


 そして男の人は何も言わず聞いてくれた。

それは虐めの事を聞いてくれたクラスの人達の時と似ていて、話を終えるころには、僕の胸のつっかえが少し取れた気がした。


「なるほどな……まさか、堅気の転校生を組長に抜擢するとは……だが、悪くない。」


 話が終ると初めて男の人が聞いた話の感想を述べる。


「それで、なにが問題なんだ?聞いたところじゃ悩むところなんて見当たらないだろ。」

「え?だから、その……僕はG組の要求を呑むべきかどうかってことを……」 

「何度も言われてるんだろ?決定権を持っているのはお前自身だ。B組はお前の考えが絶対なんだ。誰がどう言おうがお前がしたいように行動すればいいんだよ。」

「……僕自身、どちらが正しいのかがわからないんです。」


 組の事を思えば要求を呑むしかない、多分皆もそう考えてる筈だ、でもそれが本当にいいのかがどうしてもわからなかった。


 しかしそう答えると、男性は呆れるようにため息を吐く。


「それはお前が組のことを考えてるから出る悩みだろ?組のことは無しにしてお前自身はどうしたいかを考えるんだ。」

「僕自身?」

「そうだ。俺たちヤクザで一番恥ずべきこと、それは組長おやを後悔させることだ。もし組のためと言ってやり遂げたことでも、もしそれが組長を後悔させると言うのであればそれは間違いだ、少なくとも俺達・・はそう考えている。もしお前が組のことを思っているなら自分の思いを貫け、それが組の最善の選択だ。もしその選択で組が壊れたとしてもお前の責任じゃない、お前を選んだのは組員全員の意思なのだから。」


組関係なく、僕が後悔しない選択……

そんなのは一つしかない。


「大体考えても見ろ、他の奴らはどんなけ喚こうがお前の意思を曲げさせる事しかできねえんだ、つまりお前が意思を曲げなければ負けることはないんだぜ?これほどの勝ち戦、他にあるか?自分の意思を貫くことも組長として必要なことって事だ。」


そう言って僕の心臓の部分に拳を当てて来た。

気がつけば僕の中の迷いはまるで初めからなかったかのように無くなっていた。


僕の表情に変化があったのか僕を見た男の人が小さく笑った。


「どうやら答えが固まったようだな。」


そう言うと男は立ち上がると土を払い僕に背を向ける。


「俺ができるのはここまで、後はお前次第だ。頑張りな、組長さんよ」

「あ、あの!あなたの名前は?」

「お前が組長として学校にいる限りは、いずれまた会える、その時になったら教えてやるよ、だからそれまで絶対生き残れよ」


 そう言うと男の人は振り向かずに手を上げ、歩いて言った。


 僕はその背に再び会う事と、それまでにもっと立派な組長になる事を誓い、ギュッと拳を握り決意を固める。

 そして僕は、その夜、初めて自分から皆を会議室に集めた、

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