第17話 要求

 その日はとうとうやって来た。


 月曜日の朝、学校の校門前に二つのクラスがギスギスした雰囲気で向かい合っている。


 一つは、僕達B組。

 僕を、守るようにクラスの皆が周りを囲い、相手のクラスを睨みつける。


 そして、それに相対しているクラスは予想していた通りG組。

 統率はなくただ集まってる感じで皆、ニヤニヤと僕達を見下すような笑みを浮かべている。


 そして、その中から二人の男子が僕の前まで歩いてくる。


 G組組長沖原くんと若頭、平松くんだ。


「おいおい、別に今からやり合おうなんて思ってないんだからその殺気、しまってくれねぇかなぁ?」


 向こうが不気味に見える笑みを浮かべて友好的に、話しかけてくるがこちらは全くもって表情を崩さない。


「で、何か用?」

「ああ、実はB組組長のお前と少し、話しがしたくてね。一度、二人っきりで話をしないか?」


 僕は一度、飛場さんの方を見る。飛場さんは僕に対して無言で頷いた。


「……いいよ。どこで話すの?」

「この学校の中には会合を開ける場所がちゃんと用意されている。そこで話そうじゃねえか。」


 僕は沖原くんの提案に頷くと秋山さんと喜田さんを連れ、校舎の中へと入っていった。




――学校三階にある和室の部屋


 ここは会合室と呼ばれ、主に密約の話の場として設けられている。

 先に教師に使用の許可を得ておけば誰でも使える場所だ。


 この部屋は、主に誰にも聞かれたくない話をする時に使う場所で、入れる人数は二名のみ。

 完全防音が施されていて、勿論盗聴、暴力行為は禁止されており、ここで怪我をしても停学にはならない。


 僕と沖原くんはそれぞれの護衛を外に待機させ、部屋の畳の上にテーブルを挟んで向かい合わせに座り込む。

 出会ってから一切表情を崩さない僕と、余裕の笑みを見せる沖原くん。

 これが経験の差なのか、立場の有利さを表してるのかはわからないが、他クラスの組長と二人っきりという状況がジリジリと僕の精神を削っていく。


 畳に座ると沖原くんは懐から、ライターを取り出し、堂々と目の前でタバコを吸い始める。


「吸うか?」

「いい……未成年だから。」

「フフ、流石堅気だ、お利口さんじゃねえか。」


 そう言うと一度タバコの煙を吐き間を開ける。この間だけでも僕は緊張のあまり、手に汗がびっしょりと付いていた。


「で?話ってのは?」

「ああ、実はお前にいい話を持って来てな。」


 そう言うと沖原君はニヤリと笑う。僕はそのまま沖原くんの言葉を待つ。


「お前達B組は今、一人でも停学になれば潰れちまうんだろ?……実は極秘の話なんだが、現在F組がお前達を潰しにかかっているらしい。」


彼の言葉に思わずギュッと拳に力を入れる。

沖原君は僕たちがFとGが手を組んでいることに気づいているのを知っていて、言っているのかはわからないが、どちらにしろ知らないふりをする事しかできない状況に、悔しさを覚える。


「そこで提案なんだが、どうだ?俺たちと組まねえか?俺達と組んだら、他のメンツが帰ってくるまで守ってやるぜ。」


 そう言って沖原君が笑いかける、しかしサングラスの隙間から見える眼はそんな友好的な目ではない。

 完全に獲物を狙っている獣の目だ。


「で?それに対しそちらの求める見返りは?ただで守るわけないよね。」


 そう言うと沖原君はフフフと笑った。


「分かってるじゃねぇか、そりゃそうだ、世の中ギブアンドテイクだからな。安心しろ、そんな難しいことは要求しないさ。」


 そう言うと再び一度タバコを吹かせ間を開ける。

 先ほどよりもその間が長く感じる。


――見返りはなんだ?


 G組は話によれば町で一般の人にも手を出してると聞く。もしかして、それの手伝いだろうか?

 皆は家の立場とかもあるからあまり印象を下げることはさせたくない、なるべく自分で出来そうなことは自分が担いたい。そう考えていた。


 沖原君がゆっくりと煙を吐き切ると、そのまま言葉を告げる。


「……百瀬アヤメを抱かせろ。」



――………………は?


 沖原君から告げられた言葉を僕はすぐには理解できなかった。

 僕が理解していないのが顔に出ていたのか沖原君は改めて言い直す。


「お前のとこの、百瀬アヤメを抱かせろ?とうだ簡単なことだろ?」

「え……と…その……」


 全く予想もしてなかった要求に僕は言葉が見つからない。


――抱かせる?って、え?


 抱くって何?抱きしめるって事?いや、そんなやわな物じゃない。

 沖原君の言っているのは恐らく性行為の事だろう。

 あまりに自分には無縁の言葉だったのでなかなか頭が追い付かない。


「あれほどの顔もスタイルも揃ったいい女、なかなかいねぇぜ。どうせお前もヤってんだろ?なら少しぐらい貸してくれよ。」

「え?その……僕は……」

「おいおい、まさか手出してねぇのか?どこまでお利口さんなんだよ。それとも別の女か?」


 あまりに下品すぎる言葉に返す言葉が上手く見つからない。

 ただひたすら口をもごつかせる。


「べつに悩むことねぇだろ?別に転入させろって言ってんじゃねぇ。ただ抱かせろってだけだ?」

「そ、そう言うのは……本人と相談しないと……」


 そう言うと沖原君は今までとは違って大きな声で笑い声を上げた。


「ハハハ!何寝ぼけたこと言ってるんだ?お前は組長なんだぜ?お前が一言やれといえば嫌でもやるし、やるなと言えばやりたくてもやらない。それが組長ってもんだ。お前就いてる立場ってのはそう言うもんなんだぜ?」


 そう言ってタバコを持ちながらを僕の方を差す。

 沖原君の言葉に気がつけば僕は体を震わせていた。


 何故だろう?この事は前にも言われた事で、一度覚悟を決めていたはずだ。

 なのに言われる相手が違うとどうしてこうも恐ろしく感じるのだろう。


 震える僕に気づいたのか、沖原君が普段の様なフフっと小さく笑い、立ち上がる。


「ま、堅気から来たやつじゃ頭が追いつかないか?一週間時間をやる、来週までじっくり考えな、多分この一週間は、F組は手を出してこないからな。」


 そう告げると、沖原君は先に部屋から出て行った。

 僕は頭が真っ白になりしばらくその場で動けないでいた。

 そしてその後、僕がどうやって帰ったかを覚えてはいなかった。

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